あの頃、きみと陽だまりで
「……引き止められて、よかった」
「え……?」
それって、どういう意味……?
その胸元から顔を上げると、新太は安心しきったように表情を緩めて私を見つめた。
なんで……そんな。
私がなにをしようとしていたか、なにを考えていたかがわかるかのような、顔をするの?
「それにしても、ずいぶん歩いてきたね」
「そうなの?」
「うん、うちから結構距離あるよ。俺は足速いほうだから、すぐ見つけ出せてよかったけど」
その『結構な距離』を、私がいないことに気付いてからすぐ、必死に走って探し回ってくれた。
そう思うと、これまで感じたことのないようななんともいえない気持ちが込み上げて、笑えるような泣き出すような、変な顔になってしまう。
そんな私を見て、新太は目を細めた笑顔で、汗でぬれた私の前髪にそっと触れた。
「また汗かいてる。高校生は代謝がいいねぇ」
「新太のほうが汗かいてるけど」
「あはは、本当だ」
そう笑いながら、額に触れて、汗を拭う。この彼の手が、現実へ引き戻してくれた。
この世界を、まだあきらめないでとでも言うかのように。
柔らかな笑顔のまま、ポンポンと頭を撫でると、新太はそっと手を離す。
「はーっ……暑い!近くのコンビニでアイスでも買ってこ!」
「お金は?」
「あ!財布家だ!ていうか家の鍵開けっぱなし!」
『しまった!』とはっとしながら、新太の足は家のある方向へと向けられる。
それに続くように歩き出そうとした私に、目の前にそっと左手が差し伸べられた。
「なに?」
「なぎさがまた迷子にならないように、ね」
この足が、心が、迷ってしまわないように、差し出された手。
その大きな手が導いてくれるのなら、夕焼けもこの世界も、今だけは逃げられずにいられる。
そんな気がして、彼の手をそっと握った。
「帰ろう」
そうだね、帰ろう。
焦らず、逃げず、ふたり手をつないで、ゆっくりと歩いて。