あの頃、きみと陽だまりで
「……、」
そっと目をひらけば、そこは湯気で曇った浴室の中。
お湯を張った湯船にちゃぷ、とつかった体は、熱い温度にほぐれたのだろう。ほんの一瞬眠ってしまったらしい。
……危ない、浴槽で寝るなんて事故の元だ。
目を覚ますようにお湯でばしゃばしゃと顔を洗って顔をあげると、のぼる湯気が、古い浴室内の小さな鏡を曇らせていた。
たぶん、ちょっと疲れていたんだと思う。体も、心も。
夕方の街を駆け抜け、新太とともにこの家に戻ってきてから、気付けば時刻は18時になろうとしていた。
新太に先にお風呂に入るように言われ、こうして湯につかっているわけだけれど……。
落ち着いてみると、つい数時間前に起きた出来事がまるで夢のように感じられた。
オレンジ色の空と、通りすがりの女の子たちの会話。
たったそれだけのことに、フラッシュバックを起こしてしまうなんて。
自分の心の弱さは全くと言っていいほど変われていなかったことを思い知る。
一瞬で心は恐怖に襲われて、飲み込まれそうになった。
あの時、あの瞬間、新太が腕を掴んでくれていなかったら、私は……きっと、
その先にあっただろう光景を想像し、また震えだす濡れた手をぎゅっと握りしめた。
けど新太は、家まで戻る道のりの間も、なにひとつ問い詰めることはなかった。
なにも聞かず、ただ黙って手を引いてくれた。そんな新太のおかげで、心は徐々に落ち着きを取り戻した。