あの時君は、たしかにサヨナラと言った
「ただいま」

玄関に飛び込んだ瞬間、心地よい冷気に包まれる。

ああ、天国。

適度に効いた人工的な風がありがたくて涙が出そうだ。


「お帰り」

玄関に入ってすぐ右手にあるリビングからひょっこりと、顔を出したのは、同居人の桐島佐和子。歳は二つ下の21歳。

そう。同棲ではなく、同居。

佐和子は俺の恋人ではない。肉体関係はおろか、手すらつないでいないピュアな関係。

そう言ってしまえば、なんだかこれから先は、甘やかな関係に発展しそうに聞こえるかもしれないが、それは100%ないと言い切れる。

なぜなら、佐和子は…。

「飯にするか?それとも風呂か?」

聞かれて俺は、「風呂!」と答えた。

佐和子は頷くと、リビングに消えた。

まるで夫婦のような会話だが、俺たちはあくまでルームメイト。


俺の名前は武藤拓実。理容師見習いの23歳。

彼女はいない。半年前に別れた。

そもそも、佐和子と暮らすようになったのは、元カノに振られたことがきっかけだった。
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