あの時君は、たしかにサヨナラと言った
半年ほど前。俺は、5年付き合った恋人の美咲にふられた。

原因は、ふがいない俺に愛想が尽きたから。

と、言うのは建前で、美咲に男ができたからだ。


おかしいなと思ったことは何度かあった。

たまの休みに出掛けようと誘ってもめんどくさそうにしたし、一緒にいるときは、携帯ばかり気にしていた。

何より決定的なのは、セックスを拒むようになったことだ。

理由は体調不良。

初めのうちは頭が痛いとか、風邪をひいたとか言い、そのうち不正出血が続いているから当分セックスは無理だと言った。

なのに通院しているふうはなかった。心配して病院へ付き添うと申し出ても断られた。

セックスできないのは、まぁ、男としては辛い日もあったけど、何より俺は、美咲の体のほうが大事だったし、美咲が好きだったから、それくらい我慢できた。

そうこしているうちに半年が過ぎた。そして、ある日、何の前触れもなく別れを告げられたのだ。

拓実と付き合っていても、先が見えないの。

確かに、理容師見習いの俺は、大手化粧品メーカーの美容部員の美咲に比べたら給料はうんと低かった。そのくせ、休みは月に五回。労働時間はバカみたいに長いのに残業代もつかなければボーナスも出ない。さらに、少し前まで理容学校の通信生だった俺には、借りた学費の返済もあり、生活費のほとんどを美咲に頼っていた。

甲斐性がないと言われても仕方がない。

でも、それでも俺は、美咲を愛していた。いつかは結婚したいと思っていた。そして、その気持ちは美咲も同じだと信じて疑わなかった。

まったく、都合のいい話だけれど。

だから俺は、美咲の心変わりを受け入れることができなかった。

不甲斐ない俺を試しているのだとすら思っていたくらいだ。

今思い返しても、おめでたい自分が恥ずかしい。
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