あの時君は、たしかにサヨナラと言った
なかなか首を縦に振らない俺に業を煮やした美咲は、ついに本当のことを打ち明けた。

「実は、あたし、妊娠しているの。もう3ヶ月に入ってるの」

妊娠?

3ヶ月?

俺たちの間に肉体関係がなくなって、ゆうに半年は過ぎていた。

つまり、お腹の子の父親は俺じゃない。

そこで、ようやく事の次第を理解した俺は、泣く泣く二人で暮らしたアパートを出る決意をした。

だって、出ていくしかないじゃないか。

アパートは美咲の名義で借りていたし、敷金礼金を払ったのも美咲。ついでに言うなら、家賃もほとんど美咲が払っていた。

何より、美咲の浮気相手…。いや、お腹の子の父親に会って、勝ち目がないことを悟ったのが一番でかかった。


美咲の新しい恋人は、彼女の働くデパートの専務で、社長の息子だった。

一目でブランド品とわかるスーツに身を包み、レクサスに乗って現れたそいつは、俺より10歳も上の大人で、見るからにばかそうなオレンジ色の髪の毛の俺(新しいカラー剤を導入するにあたってモデルになったのだ)をどやすでも、嘲るでもなく、「美咲と別れてほしい。必ず幸せにするから」と、深々と頭を下げたのだ。


完敗だった。

そして俺は、美咲との思い出が一杯つまったアパートを後にしたわけだが、そこからが大変だった。

そう。愛する人と同時に、俺は、住む場所も失ったのだ。

それも寒さの厳しい2月の夜に。

身も心も痛かった。

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