あの時君は、たしかにサヨナラと言った
本当に魔が差したとしか言えないのだが、その時の俺には罪の意識は薄かった。

小さい頃から、兄貴の財布から小銭をちょくちょく拝借していたし、兄貴もそれを知りながら何も言わなかったから。

それに、借りるだけできちんと返すつもりでもいた。

それから、本当に言い訳がましいのだが、兄貴は高給取りだったし、指輪の金くらいすぐに別の口座から引き出せることも知っていたから。

けれど、それは思い上がりだった。

指輪の金が無くなった時、両親は真っ先に俺を疑った。しかし、兄貴だけは、そんなわけがないと俺を庇ったのだ。そして、部屋に現金を出しっぱなしにした自分を責め、俺の無実を信じ、警察を呼んだ。家に泥棒が入ったと。

警察の捜査が終わる頃、俺は、先輩の中古車屋から現金一括払いで買った車に乗って帰宅した。

兄貴は、警察の人が止めにはいるほど俺をぼこぼこに殴り、最後に言った。

「泥棒の弟なんか、いらない。その車に乗って、出ていけ」

兄貴は真面目で正義感が強い。小銭くらいならと弟の盗みに目をつぶっていた自分の甘さが、俺をこんなダメ人間にしたのだと、自分を許せなかったのだろう。

今なら兄貴の気持ちがよくわかる。俺のやったことは最低でひどい裏切りだと。

けど、当時の俺は、今よりもっともっとバカだったから、金は盗んだのではなく借りたもの。兄弟なのに水くさいと思っていた。高給取りのくせに、たかだか100万くらいでケチだとも。

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