憚りながら天使Lovers
VS堕天使ベルフェゴール

「なかなかの混戦模様ですね。総勢千と言ったところでしょうか」
 戦場に着くとエレーナは上空から状況を確認する。単純に黒い点が悪魔で、白い点が天使だと仮定すると、七対三くらいで悪魔の方が多いように感じる。山奥とは言えこんなにも悪魔が一同に会する情景を見て、とても現代日本とは思えない。
「玲奈さん」
「は、はい」
「呼吸を調える。心流を意識する。私から離れない。貴女の仕事はそれだけです。しかし、それだけで戦局はひっくり返せます。いいですね?」
「分かりました!」
「ルタは玲奈さんの後方のガードを頼みます」
 エレーナの作戦にルタも素直に従う。ルタの返事を聞くやいなや、エレーナは最前線に急降下し降り立つ。上空百メートルからの垂直落下を受け、玲奈の心臓はバクバクと音を立てる。あまりの風圧で、リラックマのストラップが切れて足元に落ちている。
(バンジージャンプより怖かった……)
 ドキドキしているとエレーナが話し掛ける。
「玲奈さん、呼吸」
 落ち着いた声色ながら、教師の如く威圧感を受け玲奈は呼吸を調える。三百六十度悪魔に囲まれながら、エレーナは余裕の笑みを見せる。急降下した場所に腕組みしたまま動かない。
(そう言えば、肝試しで行った廃屋でエレーナは百人近い悪魔を倒したはず。一体どうやって?)
「玲奈さん、少し強めに心流を流して下さい。今のでほとんどの力を使い果たしたので、精神力の回復をお願いしたいのです」
「使い果たした?」
「はい、半径百メートルの討魔も完了しています」
 周りを見回すと百体近い悪魔が、自分達にじりじり歩み寄って来ている。
(普通に生きてますケド!?)
「エレーナさ……」
 堪らず進言しようとした瞬間、上空から雨あられのように光の矢が降り注いで来る。
(これは?)
 光の矢が当たると悪魔は一瞬で消滅していく。よく見ると、矢だと思っていた光は、薔薇の花の形をしている。
(光の薔薇の雨だ! きっと急降下中に放っていたんだ!)
 エレーナの台詞通り周囲の悪魔は全滅し、薔薇の光を受けた天使達は逆に回復している。
「さあ玲奈さん、ベルフェゴールを探して千尋さんを助けに行きましょう」
「はい!」
 心流で輝きを増しているエレーナを感じながら、玲奈は千尋の救出に向けて決意を新たにする。玲奈が勝手に名付けたエレーナの必殺技『ローズレイン』は凄まじく、攻防を合わせ持ちながらの味方回復という反則的能力を発揮する。
 本来、エレーナの精神力では数回が限度の技だが、玲奈が心流を注ぎ込むことで無限コンボ状態になっていた。参戦時、三対七で劣勢だった勢力図が、エレーナの予言通り八対二程度になった頃、痺れをきらしたのかエレーナの前に、東京タワーなみの巨大な堕天使が舞い降りる。頭に角が二本生えており、鬼のようでもある。
(これがべルフェゴールだ!)
 力量の差が上手く計れない玲奈でも、一目で分かるくらいの威圧感が迫ってくる。
(怖い! でも私は私の仕事をするのみ!)
 目を閉じてエレーナにぎゅっとつかまると心流を強くイメージする。エレーナの身体がどんどん熱くなるのを感じながら、ひたすら祈る。
(千尋ちゃん、どうか無事でいて!)
 ベルフェゴールは大きな斧を振りかぶると、力まかせにエレーナに叩きつける。一方エレーナはローズレインを放ちながら一定の距離を保つ、いわゆる『待ち』戦法を取っている。しかし、小柄な悪魔には効いていたローズレインも、超大型悪魔には決定的なダメージを与えるには至らない。目を閉じて集中している玲奈でも、ローズレインで倒せないことは感じ取れ内心焦っている。
(どうしよう、コイツ本当に強いんだ……)
「玲奈さん! 心流が乱れています!」
 エレーナの忠告を受けた刹那、激しい衝撃を受け玲奈は遥か後方へ吹き飛ぶ。確実に死んでしまうような勢いで飛ばされたはずだったが、ルタが玲奈をキャッチしてことなきを得る。
「あ、ありがとうルタ」
「いや、それよりマズイよ。エレーナもやられた!」
「えっ?」
 ルタの視線の先には意識を失い恵留奈の姿に戻ったエレーナが見える。
(私のせいだ! 私が心を乱したから……)
「ルタ! エレーナを守って!」
「でも玲奈は?」
「私は走って逃げるから大丈夫。急いで!」
 ベルフェゴールは走る玲奈に向けて斧を振るう。戦局を変える要因になったのが玲奈だということをしっかり見抜いている。斧の直撃は避けれたものの、地面に叩き着けられたときの岩盤の破片がショットガンと同じような働きをし、容赦なく玲奈の身体を襲う。
(足が痛い!)
 転倒した玲奈は破片が足に刺さり、走れなくなったことを悟る。たった一降りの攻撃で玲奈は死を覚悟せざるを得ない。
(今度こそダメだ……)
 再度振りかぶられる斧を見て玲奈は目を閉じる。次の瞬間、金属音のぶつかる鋭い音がし、玲奈はそちらに目を向ける。
「お待たせしました。玲奈さん」
「千尋ちゃん!」
 傷だらけでボロボロの着物をまとってはいるが、間違いなくあの千尋だ。
(ピッコロさん来たー!っていうか比古清十郎だ!)
 小さな日本刀で巨大な斧を止める姿に、十本刀と戦うシーンが脳内で再現される。
「千尋ちゃん、倒されたんじゃないの?」
「倒されましたよ。それで、今まで治療部隊に回復処置されてたんです。恵留奈さん……、いえエレーナさんが獅子奮迅の活躍をして、時間を稼いでくれたお陰です」
「よかった。じゃあ早くあの堕天使を九頭龍閃か何かで倒しちゃって!」
「ごめんなさい。正直言うと、私の力量では玲奈さんを守るので精一杯です」
 斧を弾くと千尋はベルフェゴールと距離を取る。
「時間稼ぎにしかなりませんが、出来るだけ遠くへ逃げて下さい」
「千尋ちゃんはどうするの?」
「私のことはご心配なさらずに。このような修羅場には慣れております。さあ、早くお逃げ下さい」
 振りかぶられる斧に向かって千尋は飛び掛かっていく。その勇姿に胸が熱くなるが、気持ちを無駄にせぬように足を引きずりながら、ベルフェゴールから遠ざかる。歩く先の方には、恵留奈を担いだルタが見られ安堵する。後方を見ると宣言通り、千尋がベルフェゴールを足止めしている。
(あんなに体格差があるのに凄い……)
 千尋が気になりながらも玲奈は必死に逃げていると、前方にいたルタが引き返して来る。
「どうしたの? エレーナは?」
「そのエレーナが呼んでる。僕の背中に乗って」
 言われるまま背中に乗り、エレーナの元へ行く。エレーナを見ると身体を包む光が薄くなり、消えかかっている。
「エレーナ、大丈夫?」
「二人にお願いがあるんですが」
 意識が薄れ掛かってているエレーナの話を聞くと、ルタはすぐさま千尋の元へ飛ぶ。残った玲奈はエレーナを正面から抱きしめ、最後の力を振り絞るように心流を注ぐ。エレーナをまとう光はどんどん大きくなり、回復して行くのが見て取れる。
 意識がハッキリしたエレーナは玲奈を抱きしめ、上空へ飛ぶ。しばらく、下を見ながらキョロキョロしていたが、当たりを着けたのか次の瞬間ローズレインをベルフェゴールに放つ。当然ながらベルフェゴールは千尋を放置し、空中に飛んでくる。こちらに来るベルフェゴールを確認すると、エレーナはすぐに地上に降り立つ。
(エレーナ、ここからどうするつもり?)
 分断し、おびき寄せるところまでは聞いたが、それ以降はどうするかを知らない。ベルフェゴールが地上に降り立ち、斧を振りかぶりながら走って突っ込んで来る。
「エレーナ!」
「玲奈さん、ここがどこか分かる?」
「えっ?」
 地面を見るとリラックマのストラップが落ちている。
(ここは、最初降り立ったところ?)
「私が最初ここに降り立ったとき、何て言ったか覚えてますか?」
「正確には思い出せないけど、力のほとんどを使ったとか……」
「その通り。そして、ベルフェゴールはここで終わり」
 二人に向かって斧を振り降ろそうとした瞬間、地面から巨大な薔薇が出現しベルフェゴールを包む。薔薇の花びらが輝く黄金色からどす黒く変色すると同時に、巨大なつぼみが炸裂する。散々とする跡地にベルフェゴールの姿はない。
(最初から地雷みたいに薔薇をセットしておいたんだ。精神力が充実していた序盤で作った薔薇地雷! 凄い!)
 ベルフェゴールが倒されたことを知ると、残った悪魔は蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
「勝ったんですよね?」
 エレーナの身体から離れながら玲奈は微笑む。
「玲奈さんのお陰でね」
 エレーナも微笑む。
「そういえば千尋ちゃんは……」
 心配そうにしていると、千尋を背負ったルタが飛んでくる。
「千尋ちゃん!」
 地面に横たえるも意識がなく、着物もズタボロで上半身が全てあらわになっている。その胸を見て玲奈はドキッとする。
(これって……、千尋ちゃん、もしかして男の子?)
 女の子らしからぬ逞しい胸板を見て、玲奈はベルフェゴール戦とは違ったドキドキを感じていた。

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