憚りながら天使Lovers
基本はドラゴンボール

 十二月、クリスマスイヴを前日に控え、恵留奈はカフェでうなだれている。
「今年も彼氏無しのクリスマスイヴ確定だよ。何が悲しくて女三人でお茶してんだか……」
 彼氏彼氏と愚痴っている恵留奈の話を真横で聞いている千尋の心中は、察するに余りあるものがある。告白のタイミングを完全に失ってしまった千尋は、仲の良い親友としての地位に満足してしまい、流されるまま今日まで来ている。
 一方、玲奈がルタと恋人となり超遠距離恋愛になっていることを知っているのも千尋だけだが、もちろん恵留奈にそんなことは言えない。クリスマスイヴくらいはサプライズで帰って来るんではと考えるも、千尋の談では天使にクリスマスなんてイベントは皆無だと言われ落ち込んでいた。
「あっ、そういや明君の話題出なくなったけど、お二人さん、その後どうなのよ?」
 ルタがいる玲奈に、隣の恵留奈にぞっこんの千尋は、あからさまに興味のないような顔をする。
「あれ? 反応薄いじゃん。どした?」
「確か同じ学部の彼女連れてなかった?」
 玲奈は勝手に作り話をする。当然のように千尋もそれに乗っかる。
「彼女持ちと分かったら興味も失せますよね」
 そう言うと澄まし顔で紅茶を飲む。
「明君までも彼女ゲットか~、誰かいい男紹介してくんないかな」
 真横で聞かされ続ける千尋の身を考えると玲奈は背中がむずかゆくなる。
(千尋ちゃん、よく我慢できるな。大人すぎて泣けてくる。いい加減気付けよ恵留奈!)
 批難の眼差しで恵留奈を見ていると、千尋のスマホが鳴る。一通り話し終えると千尋は席を立つ。
「ごめんなさい。急用が入ったのでお暇させて頂きます。恵留奈さんと玲奈さんはごゆっくりなさって下さいね」
 タクシーを拾う姿を見ながら玲奈は察する。
(私達にゆっくりしろってことは、千尋ちゃん一人でも十分な相手ってことか。ベルフェゴールレベルならエレーナにも分かるように言うだろうし)
 千尋から光集束の訓練を受けるようになってからはメキメキと上達し、今では日本刀を会しての光集束まで可能になっていた。さらに規模の小さな討魔依頼とは言え、千尋と共に実戦経験を多数積んできたこともレベルアップに繋がっている。
 ただし、千尋がベルフェゴール戦で見せた身体強化の技法『光固』は全く出来ていない。光固は光集束の応用で、意識した部位に光を凝固し防御力を高める技法となる。一点集中の攻撃的な技法である光集束とは違い、身体の部位を場面場面で覆い凝固する広範囲な防御的な光固はイメージの固定が難しい。
 光集束に力を配分し過ぎると光固が薄れ、光固を意識しすぎると光集束が途絶えてしまう。これをマスターするには相当の努力と経験が必要だと言われ、玲奈は少し凹んでいた。光集束をマスターしたら処女をあげると約束したことを思い出し、こんなことならもっと早く千尋から学べば良かったと考える。
(光集束はマスターしたんだけどな~、ルタ早く帰ってこないかな……)
 溜め息をつく玲奈を見て、恵留奈も同じく溜め息をつく。
「お互い、寂しいクリスマスになりそうだな。急用とか言ってたけど千尋のヤツ、実はデートではなかろうな?」
「それはないね~」
「なんで言い切れんのよ?」
「だって、ね……」
(ホント、鈍感なんだからこの娘。私が代わりに言ってやりたいよ!)
「いつ連絡しても必ず来てくれるでしょ? 彼氏いたらこんな頻繁に三人で集まらないって」
「でもさ、今日みたいに急用入ってそそくさ帰るときあるじゃん? 彼氏っぽくない?」
(命懸けで人類の平和守ってるんだけどね)
「彼氏いたらいるってちゃんと言うよ。千尋ちゃんはそんな娘だよ」
「まあ、確かにそうだよね」
 あまり納得してないのか頭をポリポリ掻いている。
「あのさ、もしもの話なんだけど。私と千尋ちゃんが二人共男の子だったらどっちと付き合いたい?」
(この聞き方なら千尋ちゃんも怪しまれないし、千尋ちゃんへの恵留奈の本音も聞ける。我ながらナイスアイデア)
「二人が男の子だったらか。容姿まんまでだよね?」
「まあ、髪型とかは適当にイメージしてもらって、性格とか総合的に考えてみて」
「う~ん、性格とかもか、なかなか難しいな」
 予想外に恵留奈は真剣に悩んでくれている。
(頼む! 千尋ちゃんと言って!)
 祈るような気持ちで待っていると、恵留奈の表情がパッと明るくなる。
「どっち?」
「二人とバレずに付き合う!」
(このバカタレちゃん)
「どっちか一人だよ!」
「な、なに本気で怒ってんだよ。もう、そんなの選べないつーの。逆の立場で考えてみ? 選べるか?」
「えっ、私なら千尋ちゃん一択だけど?」
「おぃ!」
「だって千尋ちゃん、料理から家事までなんでも出来るし、物知りで頼りになる。恋人ってカテゴリ内では断トツだよ。恵留奈って、私や千尋ちゃんを親友や家族みたいに、深い関係で考えてるでしょ? それはそれで嬉しいけど、恋人選びはまた別に考えなきゃ」
「そう言われると言い返せん。確かに、千尋だと楽できそうだな」
「でしょ?」
「でも、ドキドキはしないかも」
「えっ?」
「完璧過ぎるのって人間味がない感じがする。バカなこと言ったりしたり、ミスするのが人間でしょ? その点、玲奈って見てて飽きないというか面白いし、もし二人が男の子なら玲奈と付き合いたいかもね」
(ごめん千尋ちゃん。私、知っちゃダメなことを知ったみたい……)
 黙っていると恵留奈が訝しがって聞いてくる。
「もしかして、玲奈……」
「えっ?」
「アタシに百合属性感じてるとかないよな?」
「それはない、私の中で恵留奈はオッサンだから」
「それはそれでムカつくわ~」
 批難の眼差しを向ける恵留奈を見て、玲奈は噴き出しそうになっていた――――


――夕方、帰宅の途中で千尋から連絡が入り、急遽橘邸に向かう。いつものように千尋の部屋に通されると、定位置である正面に座る。
「お仕事、お疲れ様。話って仕事絡み?」
「いえ……」
「恵留奈関係?」
 千尋は素直に頷く。
「私、明日のクリスマスイヴに告白しようと思って。玲奈さんに相談をと……」
(うわぁ~さっき恵留奈に聞いた質問が裏目に出た)
「告白、愛の告白だよね?」
「はい。それと男性ってことも」
「そ、そう……」
(アドバイスのしようがないというか、微妙に結果知ってるから何て言っていいか分からん。て言うか今日聞いた恵留奈からの情報を活かさないでどうする私!)
「千尋ちゃん!」
「は、はい」
「漫画は読む?」
 唐突で意味不明な質問に千尋は固まってしまう。
「漫画じゃなくても、お笑い番組とか見てる?」
「ごめんなさい、漫画もテレビも見ません」
(やはりか……)
「千尋ちゃん、私達三人、半年近付く友達同士だったから分かると思うけど、恵留奈って少年なの。オッサンでもありヅカでもあり少年というのが正しいかな。だから、すっごい下らないことが好きなの。そういう少年が好きそうなジャンルとか趣味とか、ある程度知っておかないと、仮に付き合うとなっても長続きしない。相手の趣味を全て受け入れる必要はないけど、会話が成立するくらい興味をもって、接してあげないと絶対上手くいかないよ」
 玲奈の意見を聞いて千尋は目が輝く。
「確かに、玲奈さんのおっしゃる通りだわ。付き合った後まで考えてこそ本物の愛。私、完全に勉強不足でした。ただ傍にいて優しく微笑んでいれば幸せになれると思っておりました」
(どこの少女漫画だよそれ)
「恵留奈さんの趣味・嗜好のアドバイス、御教示お願い致します!」
「うむ、しかと聞きたまえ」
 玲奈は恵留奈の好きな王道少年漫画から、ファンと公言するジョジョシリーズまで羅列する。さらには流行りの芸人から人気番組まで細かく教え、千尋は真剣な眼差しでノートに書きとめて行く。
「お笑い番組はDVDで借りて勉強出来るけど、流行りの芸人は半年もしないで変わるから小まめにチェック。アニメも最近は半年クールで切って、また半年後に第ニシーズンみたいな形で再開するから油断大敵よ」
 学校の先生になったような面持ちでいると、千尋が質問をしてくる。
「玲奈先生、勉強することが多過ぎて何から手を着けていいかわかりません」
「当然の質問ね。そこでまずはドラゴンボールよ。これは基本中の基本。光集束で例えると呼吸法に当たるわね」
「なるほどですね」
「次くらいに恵留奈がファンのジョジョシリーズ。ちょっと敷居が高いかもしれないけど、恵留奈と付き合うには必須情報。これは光集束に当たるわ」
「光固にあたる作品はなんですか?」
「いい質問ね。光固は基本が出来ていてがっちりとした固いファンがいて、でも幅広いジャンルを扱う作品、そう! こち亀よ!」
「こち亀ですか」
「こち亀は今の千尋ちゃんには手に負えないわ。もっと基本をマスターしてからね」
「分かりました。まずはドラゴンボールから勉強します!」
「宜しい。今日教えた漫画等をマスターせずして告白はまだ早い。まずは自分磨きをしてからよ!」
 若干イケナイ方向へ進ませているような気がしつつ、今個人的にハマっている『となりの怪物くん』も紹介しようと心に決めていた。

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