憚りながら天使Lovers
カップル成立
一月、寂しいクリスマスも開けて、すぐさま初詣というイベントがやってくる。早朝、三人は三が日を避け都内の有名な神社に参る。千尋の提案により、今日だけは玲奈も恵留奈も振り袖姿で参っていた。普段スカートすらはかない恵留奈にとって、振り袖は苦痛以外のなにものでもないらしい。
「千尋って毎日こんなの来てんだろ? 凄い尊敬する。アタシは一日で発狂する自信あるね」
袖と裾を捲くり上げ胸元もはだけ、全く品のない姿で恵留奈は運転する。
「恵留奈さんの振り袖姿、私は素敵だと思います」
「私もそう思った。馬子にも衣裳ってこのことなんだな~って」
「年明け早々喧嘩売ってんじゃないよ。それよか、これからどっか行く?」
(このはっちゃけた振り袖姿で街中歩くつもりかこのお方は……)
「いいですね。海とかいかがでしょうか?」
「海か、ヨシッ! じゃあ今から湘南行こうぜ!」
「振り袖ですけど!」
玲奈は堪らずツッコミを入れる。
「別に泳ぐってわけじゃないからいいだろ?」
「いや、この振り袖だって千尋ちゃんの借り物なんだし、汚れたら申し訳ないでしょ」
「千尋、振り袖汚しちゃダメか?」
恵留奈は申し訳なさそうに聞くが、千尋は全力で首を横にふる。
(恵留奈の頼みを否定出来るわけがない。下手したら新車でも買ってくれるよ)
「千尋、いいってさ」
「もう好きにしろ」
玲奈は後部座席から諦めに満ちた表情で返事をする――――
――一時間後、早朝の砂浜を振り袖裸足で走る恵留奈を見て玲奈は苦い笑いする。
「ホントに振り袖で湘南走ってるし。ごめんね、千尋ちゃん」
「いえ、来て良かったです。あんな楽しそうな恵留奈さんを見れただけで、私はご飯三杯食べられます」
「千尋ちゃんもたいがいおかしいこと言ってるから、発言には気をつけようね?」
千尋にツッコミ入れていると、砂浜で恵留奈が大声で呼んでいる。浜辺に三人以外は人がいないとは言っても恥ずかしい。振り袖をふとももまでたくしあげた恵留奈ほど大胆には歩けないので、二人はゆっくり歩いて近づいて行く。
「遅いぞ二人とも! 裾を捲くり上げて走れ!」
「無茶言うな! こっちは花も恥じらう乙女なんだよ!」
「いい子ぶっちゃって、感じ悪ぅ~」
「もういいから、で、何?」
「いや、缶蹴りでもしようかなって思って」
(この野郎~)
怒りのあまり、つい光集束を開始しようとするところを千尋に止められる。
「恵留奈さん、缶蹴りは私も賛同致し兼ねます。何より振り袖をたくしあげたとして、スポーツ万能な恵留奈さんには誰も勝てませんわ」
千尋は上手く持ち上げ、恵留奈の気分を害さず缶蹴りの提案を取下げさせる。
「つまらんな~、釣り道具でも持ってくれば良かった」
(小学生かオマエは……)
心の中でツッコミながら、ふと波辺に目をやると、沖に人影が見える。
(人、かな?)
目を擦ってよく見ると小学生くらいの子供が溺れている。
「恵留奈、大変! 子供が溺れてる!」
玲奈の声で恵留奈も千尋も沖を確認する。
「ヤバイな。アタシ助けに行ってくる!」
振り袖を脱ごうとする恵留奈を見て千尋が慌てて止める。
「だ、駄目ですよ恵留奈さん! 振り袖の下は下着です!」
「あっ! そうだった。でも、子供の命には変えられん!」
千尋の制止を振り切り、無理矢理脱ごうとするも、振り袖の脱ぎ方を知らない恵留奈では上手く脱げない。
(ううっ、私が行くしかないか。でも下着姿はキツイ……)
意を決して帯に手をかけようとした瞬間、波止場より誰かが飛び込む。助ける様子を見ていると、子供の両親らしき人物も合流して浮輪を投げ入れている。
「どうやら大丈夫そうだね。アタシらの出番は無しか」
(出番があったらいろいろ大変なことになってるけどね)
飛び込んで助けた男性は両親とニ、三言葉を交わした程度でその場を後にしている。
「なんかアイツ格好よくない? お礼がてら話し掛けてみようぜ」
「恵留奈、本気?」
「本気本気、たまには逆ナンもいいだろ」
(私はその無茶苦茶な振り袖姿も気にしてるんですけど)
千尋を見ると目つきが鋭くなり、明らかに機嫌が悪くなっている。
(うわぁ、初めてマクドナルドで会ったときのこと思い出した~)
千尋の傍が怖くなり、足早に恵留奈の後を追う。一応身嗜みが気になるのか、たくし上げた裾等を全て綺麗に直してから、男に声を掛ける。
「あの、ちょっといいですか?」
振り袖姿のオスカルに話し掛けられ、男性も少し警戒している。
「さっきの救助見てました。カッコ良かったです」
「どうも」
顔を見ると海猿の主演男優に似ている。体格もよく結構なイケメンだ。
(ヤバ、結構カッコイイし。恵留奈もまんざらじゃない感じ……)
笑顔の恵留奈とは反対に千尋だけは敵意剥き出しで男を見ている。
「私達も助けようとしたんですけど、この格好でそれもできず困ってたところなんです。本当に助かりました。お礼と言ってはなんですが、良かったらお茶でも飲みませんか?」
男は恵留奈と玲奈達を見て口を開く。
「後ろの二人も一緒に、四人でならいいけど」
「ホントに? じゃあ、行きましょう。私車あるからそれで」
「あっ、俺、服濡れてるしバイクで着いてくわ。この先のファミレスで待ってて」
「分かりました~、また後で」
話し終えてこちらを振り返った恵留奈はニコニコしている。
「やった! イケメンゲットだぜ。この先のファミレスで話そうって」
「ホントにナンパするとは思わなかったよ。私達も行かないとダメなんでしょ?」
「当然。相手さんの条件だし。彼が誰を選んでも文句無しってことで。いいね?」
恵留奈は嬉しそうに車に向かう。
(私はルタいるし、千尋ちゃんは恵留奈好きだし、誰選んでもいいことにならない……)
不安になりながら玲奈は恵留奈の後を追おうとすると、千尋が玲奈の袖を掴む。
「ん? どうしたの千尋ちゃん?」
「さっきのあの男。普通の人間じゃありませんよ」
「えっ」
「私にも正確な属性が分からないんですが、純粋な人間ではないとだけは分かります」
「純粋な人間ではない、か」
気味の悪さを感じながら、玲奈と千尋はバイクにまたがる男を見つめていた――――
――十分後、後から入ってきた男が恵留奈の正面に座る。男の隣は千尋が座り、恵留奈の横が玲奈となっている。
男の隣がいいと言ったのは意外にも千尋だったが、近距離の方が調査や戦闘においても有利という判断なのだろう。適当にオーダーすると恵留奈から時計周りに自己紹介する。最後に自己紹介した男は葛城雅之と名乗る。
「私たち女子大生なんですけど、葛城さん、何やってる人なんですか?」
「俺はフリーのカメラマン。全然売れてないけどね」
「カメラマンだって、カッコよくない?」
同意を求められて玲奈も仕方なく頷く。
(確かにカッコイイけど、私は彼氏いるしな。そして、正面に座る千尋ちゃんが怖い……)
笑顔でありながら目が笑っていないシーンは、あのマクドナルド以来だ。適当な話題でお茶を濁しながら話していると、恵留奈は核心を突く質問を繰り出す。
「この中で葛城さんが付き合うとしたら誰がいい?」
「ちょっと恵留奈、葛城さんにも失礼だよ。彼女いるかもしれないのに」
「あ、俺、今フリーだから大丈夫」
(聞いてねぇよフリーでフリーめ)
「だってさ。ぶっちゃけ誰が好み? いないならいないでいいし」
(いないという選択はそれはそれで悲しいが、今回ばかりはいない方がいい)
「恵留奈ちゃんかな」
即答する葛城を見て千尋の顔からは愛想笑いすら消える。
(サ・イ・ア・ク・だぁ~)
自分で振っておいて、言われた当の本人は照れている。
「出来たら今からでも、二人でデートしたいんだけど?」
(ヤバイヤバイヤバイヤバイ! これはヤバイぞ。いろいろとヤバイ! コイツ女馴れしてる! ウブな恵留奈じゃひとたまりもない!)
玲奈が困っていると千尋が無表情で語り始める。
「今日はこのような振り袖姿ですし、私達もおりますので、日を改めてというのが筋かと考えますが、いかがでしょうか?」
千尋の意見を受けて葛城は少し考えた後同意し恵留奈も納得する。貞操の危機は脱したものの当然のごとくアドレス交換をし、葛城はファミレスを後にした。
橘邸に帰り私服に戻るも、恵留奈のテンションはずっと高い。一方、千尋の方は気分最悪な様子で近寄りがたいオーラを発していた。恵留奈の帰りには出入口の門まで見送りに来るのが通例だが、今日は部屋で見送る。それだけ腹に据えかねた想いがあったのだろう。テンション高く浮かれている恵留奈も、門をくぐった後にくらいに異変に気がつく。
「あれ、今日千尋の見送りなかったね?」
「当たり前でしょ」
浮かれて千尋の気持ちに気付いってあげられない様子に、玲奈も少し機嫌が悪くなっている。
「なんで?」
「葛城さんとの付き合いは抜きにして、今日は三人で初詣に行くっていうのが主旨でしょ? 海を見に行くのは千尋ちゃんも同意してたからいいとして、それ以降のナンパとかファミレスは完全に暴走。私達の気持ちを無視してた。千尋ちゃん、今日の初詣を楽しみにしてから、ナンパの流れになったのがショックだったのよ。普段から大人っぽいし頼れるかもしれないけど、きっと我慢してるだけだと思う」
玲奈からの指摘を受け、恵留奈はすぐさま踵を返し門を開ける。
「ありがとう玲奈。悪いけど五分待ってて」
「了解。ゆっくりでいいよ」
返事もそこそこに邸宅に全力疾走する背中を見て玲奈は笑顔になった――――
――約束の五分を遥かに経過し一時間経った頃、恵留奈と千尋が仲良く並んでやってくる。
(時間かかったみたいだけど、ちゃんと仲直り出来たみたいね。恵留奈、素直なところあるじゃない)
「お待たせ、玲奈」
「ううん、いいよ」
「あのさ……」
「ん?」
「なんで千尋が男の子なの黙ってたんだよ。人が悪いな~」
(えっ!?)
「あの、えっ? 千尋ちゃん?」
千尋は顔を赤くしてうつむいており、その姿から全てを察する。
(ま、ま、まさか……)
「あっ、アタシ達付き合うことになったから」
(超展開キターー!!)
玲奈は一瞬気絶しそうになるが、なんとか踏み止まる。
「あの、葛城さんはどうするの?」
「葛城? 千尋に比べたらウンコでしょ」
(哀れ葛城……)
「う~ん、いろいろ聞きたいし言いたいけど、とりあえず、おめでとう二人とも!」
「ありがとう!」