憚りながら天使Lovers
名刺
「こんにちは、玲奈ちゃん」
 講義を終え昼ご飯に行こうとした玲奈は、階段の踊り場で警戒していた葛城につかまる。今日は上下黒のレザーで決めており、いかにもライダー的な雰囲気がする。
「ずっと探しててやっと見つけた」
(出たよナンパ野郎……)
「何かご用ですか?」
 警戒心剥き出しで玲奈は対応するが相手は意に介さない。
「恵留奈ちゃんから突然連絡途切れちゃって、気になって来てみたんだ」
(そりゃウンコには用は無いでしょうよ)
「恵留奈だったら最近彼氏が出来たので、それで連絡が途切れたんだと思います」
「そうだったのか、納得した」
「じゃ、私はこれで」
「ちょっと待って」
(うっとうしいな~)
「なんですか? 私、急いでるんですけど」
「実は初めて見たときから、恵留奈ちゃんじゃなくて玲奈ちゃんが気になってたんだ。良かったら少しでもいいから話さない?」
(千尋ちゃんの推理、ばっちり当たってるし)
「ごめんなさい。私も彼氏居ますんで」
「じゃあ、友達でもいいんだけど、ダメかな?」
(本当にウザイなこの男……)
「彼氏に悪いので、そういうのもしたくありません」
「別にやましい関係ってわけじゃないし、普通に友達くらいなら彼氏も許してくれるんじゃない?」
「仮に彼氏が許しても、私自身の気持ちが許さないので」
「お固いな~、もっと軽く考えてよ。俺と知り合いだといいことあるよ? これ持っててよ、絶対助けになるから」
 葛城は玲奈の手に無理矢理名刺を握らせたまま見つめる。
(コイツ他人の話を全く聞かないタイプだ。どうしよう)
 困った顔でキョロキョロ辺りを見回していると、階段の上から歩いてくる明と目が合う。玲奈の表情から不穏な空気を察したのか、明は玲奈に寄って来る。
「どうしたの玲奈? 友達?」
 突然背後から掛かる声に葛城も警戒している。
「あの、友達ではないんだけど……」
 戸惑う玲奈の姿にピンときた明は、葛城を目を見て口を開く。
「玲奈の彼氏だけど、彼女に何か用?」
「いや、知り合いのことを聞いてただけさ。お邪魔なようだし退散するよ」
 彼氏が登場となれば流石の葛城も去るしかない。ホッとしていると、明が緊張した面持ちで話し掛けてくる。
「大丈夫? さっきのナンパでしょ?」
「ありがとう、助かった。すっごいしつこかったから」
「八神さんのお役に立てたのなら良かった。あっ、とっさのこととは言え名前呼び捨てにしてゴメン」
(呼び方、八神さんに戻ってる。前に私がつっけんな態度で楠原さんって言ったこと気にしてるんだ。精神的に悩んでたとは言え、あのときは言い過ぎた)
「助けてもらっておいて文句なんてありませんよ。それに、ずっと前に嫌いとか、いろいろ言ったこと後悔してます。悩み事を抱えていた時期とは言え、明君には言い過ぎたってずっと思ってました。こちらこそ、ごめんなさい」
 素直に頭を下げる玲奈を見て明は慌てる。
「謝らないでよ。僕も気付かないうちに、いろいろと失礼な言動をしたと思ってるし。嫌われても仕方ないって思ってた」
(明君、やっぱり優しくて良い人だ……)
「嫌ってなんかいませんから、安心して下さい。明君には光集束や悪魔の件と、いろいろとお世話になりましたから」
 玲奈の言葉に明は安心したのか肩の力が抜け穏やかな表情をしている。
「お礼と言ってはなんですけど、お昼、一緒に行きませんか?」
「いいの?」
「奢りませんけど、それでいいなら」
 冗談混じりの笑顔に明も笑顔で応える――――


――三十分後、昼食後のコーヒーを飲みながら、ここ数ヶ月あった出来事を話し合う。ベルフェゴールとの死闘や光集束をマスターしたこと、名前は伏せ彼氏が出来たことなど明は全てに驚いている。
「この数ヶ月で別人のようになったんだね」
「うん、言い訳にしかならないけど、それで悩みが尽きなくて、明君に当たってしまったの。ごめんなさい」
「いいって、そんな濃い体験したら僕だって心に余裕なかったよ。立ち直っただけでも凄いよ」
「そう言って貰えると楽になる。ありがとう」
「いえいえ。それより、正直彼氏が出来てたことが一番ショックかな。今しがた聞くまで、まだ脈アリかなって思ってたから」
「そうなんだ。もしかして、明君、私のこと好きだった?」
「当然。心霊スポットツアーで初めて会ったときから、ずっと好きだった」
(普通に嬉しいかも。もっと早く言ってくれてたらな)
「残念ですけど、そのお気持ちにはお応えできません」
「分かってるって。そんなにハッキリ言われると、わりとダメージデカイんだけどな~」
「あははっ、ごめんなさい」
 笑顔の玲奈に明も苦笑する。
「一応確認しておきたいんだけど、彼氏って千尋じゃないよね?」
「違うよ。千尋ちゃんは恵留奈の彼氏だもん」
「えっ! マジで!」
 明は今日一番の驚きの声をあげる。
「学内の他の人には内緒にしてね。恵留奈ファン多いし」
「いや~、八神さんの彼氏発言より、こっちの方がショッキングだ。あの千尋が、学内一男前女性の早乙女さんと付き合うとは……」
 明は眉間に皺を寄せて真剣に驚いている。
「そういえば明君って、千尋ちゃんにプロポーズしたことあるんでしょ? 恵留奈に取られてご傷心?」
 玲奈はからかうようにニヤリとする。
「それ、分かってて聞いてるだろ? 当時は千尋が男って知らなかったんだよ。同じ中学だったんだけど、普通にセーラー服着てたし、校内でも一目置かれるお嬢様だったんだ」
「へぇ~、昔から女の子してたんだ」
「で、親父に連れて行ってもらった寺院の会合で偶然会って、意気投合し後は僕が暴走してプロポーズ。その後はご想像にお任せするよ」
(明君に執着してた頃の千尋ちゃんを思い出すわ~、初めて会ったときの明君への独占欲も、恵留奈のフェロモンの前には一発KOだもんね。改めて凄い女だ……)
 玲奈は半年前のことを回顧して懐かしむ。
「そういや、八神さん。佐藤真ってヤツ覚えてる? 心霊ツアーのときの」
「うん、うろ覚えだけどね。佐藤君が何?」
「いや、ふと思い出したんだけど、真のヤツ、昔八神さんとよく似た女性を見たことがあるって言ってたんだ」
「いつ、どこで?」
「一年前、ビデオで」
「えっ、意味分からない」
「気分悪い話だからずっと黙ってたんだけど、光集束とか討魔経験を積んだ今なら、話してもいいかなって思ってね」
「気になる、話して」
「真ってホラー物、特にグロいヤツが好きなんだけど、そんなグロ映画の一つに出てたって」
「いやいや、私映画に出られるような器量無いし」
「普通ならそう考えるだろうね。でも、その映画ってインディーズ物、つまり素人が作った物で、当然出演者も素人とかばかりなんだ。八神さんは心霊ツアーに参加してるくらいだから、グロのインディーズ物に出ててもおかしくないだろうって言うのが真の持論」
(昔の私なら、チャンスがあれば出てたかもしれない)
「出てないし。出ないから」
 玲奈はちょっと不機嫌な口調で言う。
「実際に見て確認したわけじゃないけど、僕も出てないと思ってる。市場に出回っている本数も極少だから、入手のしようもないのが本当だけど」
「内容って聞いてる?」
「聞いてるけど、あんまり言いたくないな。八神さんの気分を悪くさせるだけだし」
「ここまで来たら一緒。知らされない方が逆に気持ち悪いよ」
「分かった。じゃあ」
 明の話を要約すると、大きめの別荘内で女の子が何者かに追われ命懸けで逃げる。最終的には捕まってグロ展開になるという、ストーリーだけを聞くとチープだが、そのグロ展開が本当に殺しているようでゾッとしたらしい。元オカルトマニアの玲奈にとって、この手のグロ映画も守備範囲なので、聞いたところでさして問題はない。
「その主演の女の子が私にそっくりなのね?」
「らしい。一年も前の話だし、はっきりとは覚えてないそうだ」
「じゃあ、他人のそら似ってヤツね」
 同意すると思いきや、明は頬を掻きながら黙り込む。
「明君?」
「この話を聞いて、僕が一笑に付せない理由が一つあるんだ」
(この雰囲気。何か嫌な予感が……)
「その映画のタイトルって『デビルバスター狩り』なんだよ」

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