憚りながら天使Lovers
VS堕天使オセ

 早朝から降りしきる雨に文句を言いながら、玲奈と明は目的の住所へ向かう。住所を調べ事前に地図を印刷して持って来ていたが、予想以上の風雨により飛ばされ紛失してしまう。
 ビデオの中のシーンでも外の景色は風雨だったこともあり、二の足を踏む気持ちもある。しかしながら、一日も早くビデオを消滅させたい気持ちも強く、気力を絞り黙々と山道を登っていた。
 歩き続けること一時間、視線の先に森に囲まれ建物が見えてくる。明のスマホで住所を確認すると、この辺りを指しており間違いないようだ。
「どうにか着いたね。本当に入る? 後日、千尋や早乙女さんと合流して、っていうのが安全と思うけど」
 洋館の雰囲気から危機を察知し、明は最終確認をする。
(確かにそうだけど、私だって光集束をマスターし、それなりに力もつけてきた。今の私なら大丈夫!)
「行くわ。今日で全てにケリをつけたいから!」
「了解。出来る限りのことはする。八神さんの命が掛かってるしね」
「ありがとう」
 明に微笑むと、呼吸を切り替えて洋館の扉に手をかける。光集束をまとった右手で扉を押すと、木製のドアが気味の悪い音を立てて開く。背後から着いてくる明の右手も、光集束で数珠が輝いている。
(あ、明君は数珠持ってるんだった。しまった。せめて千尋ちゃん愛用の獅子王を借りてくるべきだったかも。素手じゃ射程距離が短すぎる)
 少し後悔しながらも洋館のエントランス中央に歩みを進める。ライトは持っていないが、玲奈の光収束の輝きで室内は昼間のように明るい。
「八神さんの光集束、初めて見たけど凄いね。その光量だと、下級悪魔なんて瞬殺だよ」
「ありがとう。千尋ちゃんからスパルタ教育受けたお陰だけどね」
 明の光量がハンディーライトなら、玲奈の光量は蛍光灯くらいの広さと強さを持っておりその差は歴然だ。警戒しつつ歩みを進めていると、室内の電灯がいきなり点灯する。
(誰かいる!)
 気配を感じ二階に上がる階段を睨むと、何者かが降りて来ている。映し出される影は人の形をしているが油断はできない。
「ようこそ俺の館へ。お待ちしてましたよ、八神玲奈ちゃん」
(この声、もしかして……)
「ビデオは面白かったかい?」
「店長!」
 驚く玲奈に明は問い掛ける。
「知り合い?」
「前に話したマニアック古書店の店長。ビデオテープを売ってくれた人でもある」
「つまり、ハメられたってことか」
(その通りだ。ビデオテープを売ったところから罠だったんだ!)
「玲奈ちゃんがデビルバスターになるとは思わなかったよ。初めて見たときから強い霊圧があると思ってたから悪魔を放ったのに、まだ生きててかつデビルバスターとは、本当にびっくりだ」
(悪魔を、放った? まさか……)
「もう察してるかもしれないけど、玲奈ちゃんの家に悪魔を放ったのは俺。オカルト趣味の人間に、悪の心を植え付け破滅させるのが俺の使命。玲奈ちゃんを含め、八神一家がなんで破滅しなかったのか不思議でならないよ」
(コイツ、絶対殺す!)
 怒りに任せ玲奈は橋爪に向かって行く。
「八神さん、挑発だ! 行くな!」
 明の忠告も無視し、玲奈は光集束の右手で橋爪の胸を殴る。しかし当たった手応えもなく、橋爪だった形の生き物は黒い液体になり玲奈の右手を覆う。
(何これ!?)
「デビルバスターって、こんなに単純でバカなのか? コレでお前の右手は光集束を使えない」
 声のする天井を見ると、豹の頭に二本の角を備えた人形の悪魔が玲奈を睨んでいる。声からして橋爪の皮を被っていた悪魔であるのは明確だ。周りにも目を配ると、手下らしき悪魔が無数と取り囲んでいる。
「八神さん、撤退だ! 光集束が使えないこの状況だと勝ち目は無い!」
「俺達がやすやすと逃がすと思うか? この館は既に俺の結界により脱出は不可能。お前らはこれからいたぶられて殺されるんだよ」
 天井から降りてくると橋爪は玲奈の前に立つ。光集束をしていた右手からは完全に光が消えている。
「さあ早く怯え逃げろ。今からビデオと同じ光景を体験させてやる」
「八神さん!」
 明は玲奈の傍に駆け付けようとするも、無数の悪魔に囲まれ身動きが取れない。
「さあ、走れ! 我を愉しませよ!」
「三つ、分かったことがあるわ」
 橋爪の恫喝に玲奈は冷静につぶやく。
「一つ、貴方は堕天使オセ。人間を好きな姿に変えることが出来る」
 名前を当てられたオセは警戒し距離を取る。
「二つ、ビデオの女の子は、オセの能力を使った私の完全コピー。ゆえに私ではない」
「三つ、貴方は私の敵ではない」
 次の瞬間、左手から散弾が発射されるように光の弾が無数に乱射された。距離を取っていたオセだが、あまりの散弾量に全身が削られ消滅する。黒い煙の中を悠然と掻き分け玲奈は明の元へ戻る。周りの悪魔はその圧倒的な強さに後退りし避けている。
「心配させちゃってゴメンね」
「普通、光集束って利き腕だけでも困難なのに。凄いな」
「右手は直接攻撃。左手は中遠距離攻撃。左手は奥の手かな。一日一回こっきりの技だし」
「これなら僕の手助け全然必要ないね」
「そんなことないよ。だいたい……」
 明をフォローしようとした瞬間、頭上から大量の黒い液体が降り注ぎ視界が遮られる。
(この服、一万二千円したのに!っていうか全身に液体を浴びたってことは。マズイ!)
「流石はマニアック玲奈ちゃんだ。俺の名前から能力まで瞬時に把握するとはね」
 消滅したはずのオセが話しかけつつ再び天井から降りてくる。
「さっきのはコピーね?」
「ご明察。デビルバスター相手に、安易に近付いたりしないよ。お陰で二人の光集束を完全に封じ込めることが出来た。もう君らに勝ち目は無いよ」
(確かに、光集束が出来ない今、討魔手段は無い……)
 オセからじりじり後退するも、周りの全てを悪魔に囲まれておりどうしようもない。
「男は捕らえよ。玲奈ちゃんとは今から俺が遊んであげる」
 明が周りの悪魔に捕まり、玲奈も身動きが取れない。
「ほら、ビデオみたいに早く逃げなよ。それともここで解体されたいの?」
(ヤバイ、まずはこの液体をどうにかしないと……)
 オセに言われ玲奈は階段を駆け上がりつつ、右手に着いた液体を落とそうとする。
(ダメだ、全然取れない! 特殊な液体なんだ)
 背後を見るとオセが小さなカメラと槍を構えながら迫っている。
(このままじゃビデオと同じ結末に……)
 必死に逃げながらも、頭の中はビデオ内で無惨に殺される自分自身のイメージが再現される。
(絶対嫌だ! あんな死に方はしたくない! 何か打開する方法があるはず)
 試行錯誤しながら五分程度走り続けるが、全く手立てが思いつかない。体力も底を尽き、まともに呼吸も出来ない。追い立て回され、玲奈は見覚えのある地下室まで追い詰められる。
(この地下室、ビデオでは私が殺されるところ……)
 振り向くと背後にはオセが黙ってカメラを構えている。
(どうしよう、どうしよう。このままじゃ本当に殺されちゃう。何か、何か無いの!)
 玲奈はポケットを探るが、飴やハンカチといった物しか出てこない。財布を開くと葛城に押し付けられた名刺が目に入る。
(役に立つって言った葛城もデビルバスターだ。悪魔の力を吸収した特異なタイプ。助かるならこの際、なんでもいい!)
 携帯電話を取り出しダメモトで名刺の番号をプッシュする。山奥でオセの結界中ながらも、何故か繋がり葛城が出る。
「もしもし、玲奈ちゃんかい?」
「はい。光集束が封じ込められオセが目の前に迫ってます。一分以内に殺されそうです」
 玲奈は端的に危機を説明し、葛城は冷静に受け答えする。
「だいぶ無茶な展開で助け求めてきたな。その状況で俺がどうこう出来ると思うか?」
「役に立つって言ったの嘘ですか?」
 今にも襲い掛かりそうなオセを見ながら、玲奈も冷静に話す。
「分かった。ただし、この見返りは高いぞ? いいのか?」
「助かったら何でもします」
「早くそこの場所言え」
(嘘? 何とか出来るの?)
 住所を教えると葛城は再び指示を出してくる。
「OK。携帯電話をオセに向けろ」
 電話口で呪文のような台詞が聞こえたと思うと、電話が光り輝き天使が現れる。
(まさか、天使の召喚?)
 召喚された天使はルタと同じように手の平から剣を出現させオセを一刀両断する。倒した次の瞬間には天使は消滅し、そのあっという間の出来事に玲奈は呆然としてしまう。しかし、携帯電話から聞こえてくる大きな声で我に返る。
「ごめんなさい。助かりました。オセは消えました」
「当然だろ、それなりに階級の高いヴァーチャーズ呼んだからな」
(ヴァーチャー、確か奇跡を司る天使だ)
「どうやって呼んだんですか?」
「そんなこと聞いてどうするんだ? そんなことより、そこから早く出ること考えろ。新手が来る可能性だってある。脱出するまで電話は切るな」
「分かりました」
 オセ本体が倒された影響か、身体を覆っていた液体も落ちている。
(これなら余裕で脱出できる!)
 地下室を出ると廊下にいる手下の悪魔を薙ぎ払いながらエントランスに向かう。明も光集束を復活させたようで、周りの悪魔が多数燃えている。玲奈を確認すると駆け寄ってくる。
「八神さん、オセを倒せたんだね。流石だ」
「いえ、私が倒したんじゃないの。詳しい話は館を出てからするわ」
「了解」
 明は光り輝く数珠を構えると、入り口にたむろする悪魔に向かう。玲奈もその後に続き復活した光集束で無双の乱舞を繰り出していた。

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