憚りながら天使Lovers
主従関係

 翌日、あまり会いたくない相手とは言え、命の恩人に対して何もしないわけもいかず待ち合わせの公園に行く。明にもこの件は話したが、出来る範囲の礼を尽くせば良いとだけ言われた。ベンチに座っていると、黒いスーツ姿の葛城が現れる。
「お待たせ、玲奈ちゃん」
「こんにちは。昨日は本当にありがとうございました」
 玲奈は立ち上がり丁寧にお辞儀する。
「これ、つまらないものですが」
 自分の中では高級な部類に入るモロゾフのチョコレートを手渡す。
(何気に最近の散財っぷりが半端ない)
 ベンチに促され並んで座ると、葛城が話し掛ける。
「昨日も言ったけど、見返りは高いよ。このお菓子じゃ足りないくらいにね」
(分かってますよ、それくらい……)
 自分自身で決めたこととは言え、千尋や恵留奈を伴いオセに臨むべきだったと後悔する。
「何をすれば納得頂けますか?」
 不安気な顔で聞くと葛城は笑顔で言う。
「もちろん大人の関係」
(予想通り過ぎてゾッとする)
「彼氏いるので、そういうの以外でお願い出来ませんか?」
「何でもすると言ったから助けたんだが?」
(確かに言った。助けて貰わなければ、今ここにいない。貞操がどうこうのレベルじゃない……)
「分かりました。一回だけなら」
「OK。早速ホテル行こうか」
 ホテルという単語にビクッとなるが、覚悟を決めて着いて行く。昨日のことやこれからのことが頭の中で交錯している間に、誘われるままホテルの一室に入る。入り口で立ち尽くしていると、ふいに後ろから抱きしめられ全身に鳥肌が立つ。抵抗しようとするも葛城の力が強く振りほどけない。そのままベッドまで持ち上げられ倒されると、すぐに上に乗ってくる。
「嫌!」
 両手で顔を突き放すと、葛城は素直に身体を起こす。
「あの、やっぱり、嫌です」
「命の恩人でも?」
(それを言われると……)
 黙り込む様子を見て、葛城は再び正面から抱きしめに掛かる。そして抵抗しないことを察したのか、玲奈の上着を脱がし始めた。
(ごめん、ごめんなさい、ルタ……)
 ルタの笑顔が頭をよぎると自然と涙が溢れてくる。上着を脱がし終えた葛城は、泣いている玲奈を見て動きが止まった。
「玲奈ちゃん、もしかして初めて?」
 玲奈は泣いたまま頷き、その様子に葛城は脱がした上着を再び胸元に掛けベッドから離れる。
(えっ……)
「泣いてる処女を抱ける程、落ちぶれてないよ。帰りな」
「い、いんですか?」
「ああ、彼氏がいるって言うからてっきり経験済みかと思ってたよ。しかも、楠原ってヤツ、彼氏じゃないんだろ? 昨日電話口で八神さんって呼んでたの聞こえたし。本当に彼氏いるのか?」
「はい、実は……」
 玲奈はルタとの出会いから詳しく語り、エレーナや千尋と討魔し、最終的にルタが彼氏だということを説明する。
「キスだけで、いつ帰ってくるか分からない天使を待ってるのか? 恐ろしいくらいピュアな恋愛してるな」
「すいません……」
「いや、個人の自由だから文句は無いよ。そうか、じゃあさっきは押し倒されて怖かったろ」
「はい、怖かったです。でも、一番怖かったのは、処女じゃなくなってルタに嫌われること。ルタがショックを受けるんじゃないか、傷つくんじゃないかってことでした」
 ルタへの純粋な想いに触れ、葛城は居心地が悪くなる。
「玲奈ちゃん、ルタのこと本当に愛してるんだな」
「はい」
 葛城は腕組みをしたたま目を閉じると、少し考えた後、再びベッドに座る玲奈の元に来る。
「な、なんですか?」
「天使っているんだな」
「えっ?」
「いや、ルタとかじゃなく。人間なのに天使ってヤツ」
(私のこと?)
「子供はみんな天使って思うけど、大きくなると汚い大人になるだろ? でも玲奈ちゃんはこの歳でも天使だ。尊敬するよ」
「私はそんな大層な者じゃ……」
「心流が綺麗なんだ。湘南で会ったときハッとしたよ。この女は最高だって。モノにして傍に置きたいって。でも、俺ごときが手を出していい存在じゃなかった。さっきは本当にすまなかった」
 葛城はベッドの下で片膝をつき頭を下げて謝罪している。
「えっ、ちょっと、そんなことやめて下さい!」
 慌てて止めるが葛城はその体制のまま動かない。
「玲奈ちゃんは昨日、何でも言うことを聞くと言ったよね?」
「は、はい」
「じゃあ、大人の関係というのは取り消すから、一つだけ俺の願いを聞いてくれないか?」
(な、なんだろう……)
 玲奈は不安になりながらも頷く。
「ルタが帰ってくるまで、俺をボディーガードとして傍においてくれ」
「えっ?」
「玲奈ちゃんを……、いや、玲奈様を守らせてほしい。貴女に仕えたいんだ」
(あれ? これなんかおかしなことになってない?)
「えっと、意味がよく飲み込め無いんですけど……」
「守護霊とか守護天使と思ってもらって構わない。異性としてではなく、一人の人間として惚れた。決して、よこしまなことはしない。俺を傍に置いてくれ!」
 あまりの展開に玲奈の頭の中は、ニワトリがくるくると回っていた――――


――一時間後。ホテル街から出てくるところを息を切らした恵留奈と出くわす。おそらく、葛城に無理矢理連れて行かれと思い捜索していたのだろう。
「玲奈! 葛城、玲奈に何した!」
(やばい、恵留奈、絶対勘違いしてる)
「待って恵留奈!」
「玲奈、大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫だから。説明させて」
 憤る恵留奈をいさめ学内のカフェに着くと、千尋と明も含め五人でテーブルを囲む。恵留奈と千尋はもの凄い形相で葛城を睨み、明だけは命の恩人という観点からか、微妙な表情をしている。葛城は玲奈の隣で静かに座っている。
「え~と、ちゃんと最初から説明するから、落ち着いて聞いてね。特にお二人さん」
「内容によってはアタシは殺すぞ」
「同意」
 玲奈の忠告が恵留奈と千尋には全く届いておらず、千尋の左手には獅子王が握られている。
(千尋ちゃん、超怖ぇ~)
「きっかけは僕がビデオテープの話をしたことなんだ」
 殺伐とした雰囲気を察したのか、中間派の明が口火を切る。ビデオテープの説明から入手するまで、そしてオセ戦までを話すと一息つく。当初殺伐していた空気も、葛城が命の恩人ということを知り、千尋も獅子王を椅子の横に置く。
「千尋、天使の召喚なんて本当に出来る?」
 恵留奈の質問を受け、千尋は葛城に少し目をやってから話す。
「正式に契約を結んだ天使とならば、手順を踏むことで召喚は可能です。大前提ですが、契約者本人が扱う天使よりも強力な心流を持ち合わていなければなりません」
「なるほど、強い心流か……」
 葛城はここに来て一言もしゃべらない。
「で、一番気になってるのは、何で玲奈が葛城とラブホ行ってたかってことなんだけど。もしかして、助けた見返りにヤラせろとか言ったんじゃないだろうな?」
(恵留奈、図星過ぎてお釣りが来るよ……)
「何とか言えよ、葛城」
 恵留奈に睨まれ、葛城は初めて口を開く。
「その通りだが何か問題でも?」
 恵留奈がキレるよりも前に千尋が素早く抜刀し、獅子王を葛城の首筋に付ける。
「遺言だけ聞く」
 千尋は無表情で聞くが、葛城も無表情で千尋を見つめている。
(千尋ちゃん! 怖!)
「千尋ちゃん、刀納めて」
 玲奈の声が聞こえていないのか、千尋は微動だにしない。
(ダメだ、完全にキレてらっしゃる……)
 玲奈は溜め息を吐くと覚悟を決め、刀を素手で握ると切っ先を自分に向ける。
「玲奈さん!」
「刀、納めてくれる?」
 笑顔で言われては、千尋の毒気も完全に抜けてしまう。
「分かりました。まずは獅子王から手をゆっくり離して下さい」
 手を離すと指先から血が滴り落ちる。
「玲奈、大丈夫か?」
「最初に言ったよ。二人とも冷静にって。冷静になれないなら、帰って」
 静かで丁寧ながらも、強力な威圧感で二人を圧倒する。
「ごめん。もう何も言わない」
 恵留奈が大人しく座ると、千尋も獅子王を納め静かに座る。
「玲奈様、お手を」
 葛城は玲奈の切れた手を取ると、優しくハンカチで巻いていく。この行為を見ただけで、二人の上下関係がハッキリと理解でき、恵留奈は一瞬、口を開きそうになったがどうにか踏ん張る。止血を負えると玲奈は三人に向き合う。
「えっと、助けた見返りに、葛城さんが私を抱こうとしたのは事実。だけど、実際は行為に至る前に、私の話を聞いてくれて、謝ってくれたの。そして、今までの戦いの経緯や天使達の関わり方とか、いろいろ話してて何か気に入られちゃって、ボディーガードを勝手出られて今に至ります」
 三人共、さっきの行為を見てそれが事実であることは理解出来ているが、何を言っていいのか分からず黙り込んでしまう。
(静か過ぎるのも困るな……)
「何も質問が無ければ解散ということで」
「玲奈を油断させといて、後でぱっくりとか考えてないよね?」
 恵留奈は冷静な顔で葛城に言う。
「俺は命懸けで玲奈様を守る。ありえん話だ」
 しっかりした口調で葛城は言い切る。
「私からも質問良いですか? 玲奈さんのお話を聞いて感銘され、主従関係を結ばれたそうですが、にわかに信じられません。具体的にどこの何に感銘し心打たれのか、ご説明願えますか?」
 千尋の中ではまだ許せていないのか、獅子王がしっかり握られている。
「悪魔との戦いには特に感銘は受けてない。強いて言えば、ルタへの純粋な想いと、それを裏付けるような涙。そんな涙を出させてしまった、俺の自責の念が、主従を駆り立てたんだと思う。単純に優しい人柄に惹かれたとも言える」
 千尋は葛城の目をじっと見ていたが、獅子王を椅子の裏に置くと立ち上がり葛城に元へ歩いて行く。
(千尋ちゃん、一体なにをする気?)
 ドキドキしながら見ていると、千尋は葛城の真横で頭を下げる。
「先程は大変無礼を致しました。申し訳ありません」
(千尋ちゃん、大人過ぎ!)
「いや、未遂とはいえ俺はそうされても文句言えないことを玲奈様にした。さっきも殺されて構わないと思ってたからね。気にしないで」
 穏やかに言ってのける葛城に玲奈は驚きを隠せない。
(最初はただのナンパ野郎かと思ってたけど、本当は凄く真面目なのかも……)
「じゃあ、最後に僕が質問する番かな?」
 ずっと黙っていた明が、ようやく口を開く。
「葛城さんって何者?」
(確かに。千尋ちゃん情報しか知る要素なかったし、本人から直接聞いてないから本当のところは分からない。ちゃんと知りたいところだ……)
「俺もデビルバスターだよ。一つ違う点は、精神を乗っ取ろうとした悪魔を逆に乗っ取って、悪魔の力も手に入れてしまったことくらいか。玲奈様にはどういう経緯かしらないが正体を知られていたみたいだけど」
「なるほど、強いわけだ」
 明は納得してコーヒーに手をのばす。
「玲奈様からは、私に質問ないんですか?」
「えっ? そう、ね……」
(今は特にないんだけど……)
「ボディーガードって二十四時間するの?」
「お望みなら」
(望まねぇ~)
「じゃ、じゃあ、私が困ったときだけ助けて。普段は恵留奈とかいるし」
「承知しました」
「うん、じゃあ解散」
 玲奈の解散の号令に誰一人動かない。
(団体行動出来ない人ばかりだー!)
「じゃあ、私帰るから」
 玲奈が立ち上がると、全員が立ち上がる。
(ええぇー)
「右回りでお願いします」
「玲奈といろいろ話したい」
「玲奈さんの傷の手当を」
「古書店の詳しい話を聞こうかなと」
「玲奈様を御自宅までお送りしようかと」
 四人の要求を一つ一つ順番にこなし、自室に戻る頃には精神的に疲れ果て倒れ込んでいた。
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