憚りながら天使Lovers
レト
オセと葛城の件の後、玲奈は過労からかダウンし家で横になっている。明確に体調不良ということもないが、熱っぽいこともあり、大事を取って休むことにした。同じく大学生の愛里も今日は休みのようで、隣からごそごそ音をたてている。掃除機の音がするところから、片付けと掃除をしているのだろう。しばらくするとドアがノックされ、愛里が室内に入って来る。
「玲奈、今日大学いいの?」
「うん、体調悪くって……」
ベッドから起き上がると愛里に向かう。不仲だった頃が嘘のように今は凄く仲が良く、頻繁にお互いの部屋を行き来している。
「体調大丈夫?」
「うん、ただの過労だし」
「そっか……」
愛里の横顔から何か言いた気な雰囲気を読み取る。
「何か相談があるんでしょ?」
「あっ、バレた? うん、実は体調の悪い玲奈には言いにくいことなんだけど……」
要約すると彼氏が自宅に遊びに来て、いろいろと大人の情事的な事情があり、昼過ぎまで家を空けて欲しいとのこと。
快諾した玲奈は近くの公園に赴き、ベンチに座って外の空気を満喫する。二月に入り寒さもまだ厳しいながらも、この一年我が身に降り懸かった出来事を回顧すると清々しい気持ちにもなる。
(この青い空を見て清々しい気持ちになれるなんて考えもしなかった。一年前の私は暗闇の中、ただ陰鬱として自己保身してた。だけど今は一人じゃない……)
携帯電話のメールを見ると恵留奈と葛城から着信がある。体調不良ということを知ってか、どちらも身体を気遣う内容となっていた。
「これでルタが傍に居たらどれだけ幸せだろう。映画や漫画なら、こんな回想をしていると後から目隠しされて、『だ~れだ?』ってルタが現れるんだろうけどな~」
青空を眺めながらルタが降りて来ることを期待する。もちろん本気でそんなことが起こるとは思っておらず、自身で苦笑する。はかない妄想をしつつまったり流れる鱗雲を眺めていると、雲の隙間から小さな粒が現れる。
(えっ、まさか……)
じっとその粒を見ていると輪郭が次第に大きくなり人のシルエットを形作る。そのシルエットは翼を有しており、白い服装をまとったその天使は玲奈の前に舞い降りる。
(金髪に青い目。それにこの顔立ち、似てる……)
背が高く髪の毛も長く後で縛ってあるが、顔立ちはルタに酷似している。その天使はベンチに座る玲奈を立ったまま見下ろし、腕組みをしている。
(なんかもの凄く不遜というか、ルタとは違って高圧的な態度と目つきしてる)
どちらも目を逸らさず、近距離で見合っている。昔の玲奈ならすぐに目を逸らしていたに違いない。痺れを切らしたのか、しばらくすると相手の方から話し掛けてくる。
「アンタが玲奈だな?」
雰囲気通り高圧的な問い掛け方をしてくる。
「まずは自分から名乗るのが礼儀では?」
玲奈は負けずに堂々と言い返す。相手は不機嫌な態度で名乗る。
「レトだ」
(やっぱり名前まで似てる)
「玲奈よ」
「そうか。俺はルタの弟だ。アンタを守るように言われて来てやった。感謝しろよ」
(兄と違って全く可愛くねぇ! このナルシスロン毛!)
いろいろとショックを受けるが、詳細も気になるので仕方なく尋ねる。
「いろいろお話したいから、隣に座らない?」
「下等な人間と同じ目線では話せん」
(あっ、コイツ嫌いなタイプだわ)
玲奈は携帯電話を取り出すと千尋へメールをし、橘邸への訪問を打診する。断られることはほとんどないが、恵留奈との関係もあるので事前連絡は欠かせない。突然訪問して、大変な現場に遭遇したら目も当てられないというのもある。
レトから少しでも早く離れたい玲奈は、訪問の快諾メールを読むとすぐに席を立つ。橘邸までは公園から徒歩十五分くらいになるが、予想通り上空からレトが着いてくる。
(ルタの場合は好意から着いて来たりしてたから許せるけど、コイツの場合、人間蔑視で監視されてるみたいで嫌だ……)
いつものように千尋の部屋に通されると、温かい紅茶を出されホッとする。千尋が持て成す紅茶は入れ方もカップも本格的で、店で飲む紅茶よりも格段に美味しい。
「相変わらずの、美味しい紅茶をありがとう」
「お粗末様でございます。ところで、さっきから気になっているんですが……」
千尋は腕組みをし壁に寄り掛かるレトを見る。
「玲奈さんのお知り合い?」
「知らない。ストーカーっぽい」
「私が斬りましょうか?」
(いやいやいや、千尋ちゃんすぐ斬ろうとするから怖い)
「じょ、冗談だから、すぐ斬ろうとする癖止めてね」
「分かりました」
「コイツ、ルタの弟らしいんだけど、上から目線で私を守ってやると、押しかけ守護天使的位置付けでやって来たみたい。ちなみに人間蔑視派みたいよ」
「なるほど、天使の中でも頭の悪い部類に入る方、ということですね」
千尋の台詞を聞いた瞬間、目の前で剣と刀がぶつかり火花が散り、玲奈の髪の毛は剣圧で勢いよくなびく。
「さっきから俺に喧嘩売ってんだろ?」
「ええ。土足で許可無くレディの部屋に入るような人間蔑視の方なぞ、ゴキブリと同等ですからね」
攻撃を予期していたのか、目にも止まらぬ速さで獅子王を抜刀しレトの剣を受け止めている。
「下等生物風情が生意気な」
「ゴキブリに下等生物呼ばわり、されたくありませんわ」
獅子王で斬り込むとレトは距離を取る。
「デビルバスターの中でも中級と言ったところか。下等生物のわりにはやるな」
「恐縮ですわ。でも、それがいつ遺言に変わるとも分かりません。死ぬ前におっしゃりたいことがあればお早めに」
「そりゃこっちのセリフだ。下等生物」
(これはヤバイ。止めないと本当にどちらか死んでしまう!)
再び火花が散った瞬間、部屋が激しい光に包まれる。
(えっ? 何これ?)
目が馴れて二人を見ると、間にエレーナが入り剣を止めている。
(エレーナ!)
「千尋さんにレト、互いに剣を納めなさい」
千尋はエレーナの言葉を受け、すぐに納刀する。エレーナであり彼女でもある恵留奈の意見は絶対なのだ。一方、レトは剣を構えたまま動かない。
「レト、命令です。しまいなさい」
エレーナの威圧的な言葉に嫌々な顔で剣を消す。
(そう言えばエレーナって階級は何なんだろ。命令を下せるってことは、少なくともレトより上だと思うけど)
緊迫状態の三人を見つめているとエレーナが口を開く。
「レト。貴方の役割は玲奈さんを守ること。相違ないわね?」
「ああ」
「ここにいる千尋さんは玲奈さんの親友でありデビルバスター。つまり、貴方と同じく玲奈さんを守る存在。その守護者を殺すということは、玲奈さんを守る大事な要素を欠けさす結果になる。これは貴方の使命に反することです」
「そんな奴がいなくても俺一人で十分守ってみせる」
「守ってみせるというならば、守るために最善の努力が必要だと思いませんか?」
「当然だ」
「なれば最善の努力に、玲奈さんを守る者の排除が入るとお考えか?」
「それは……」
「剣を交えてみて、ここにおわす千尋さんが、守護者の力量もない者だとお思いか?」
エレーナの話の持って行き方に玲奈は関心する。
(これじゃ反論出来ないよね……)
案の定、レトは黙り込んでしまう。
「貴方がどのような思想をお持ちであろうと構いませんが、玲奈さんを守るという使命から逸脱するような行為は、貴方も本意ではないはずです。少なくとも玲奈さんの身近にいる協力者や守護者に、剣を向けることはおやめなさい。いいですね?」
エレーナの問い掛けにレトはしぶしぶと頷く。殺伐した空気の納まりを感じて、玲奈はエレーナに駆け寄る。
「エレーナ、ありがとう」
「いいえ、お気になさらず」
千尋は少し離れたところからモジモジしている。
「千尋さん」
「は、はい」
「玲奈さんのためとは言え、あまり好戦的な態度はお取りにならないでね。恵留奈も心配しますし」
「ごめんなさい。改めます」
「では、私はこれで戻ります」
エレーナをまとう光が消えると、床に恵留奈が現れる。
恵留奈をソファーに横たえるとレトに向き合う。
「天界からわざわざ私なんかを守るために来てもらって感謝してる。でも、私の大事な親友を傷つけようとする方に、守ってもらいたいとは思わない。もし、使命を以って私を守りたいと思うのなら、私の親友や家族も私だと思って守って欲しい。そうしてくれるなら、私は貴方を喜んで受け入れるわ」
玲奈の問い掛けに、浮かない顔をしていたレトだが、踏ん切りがついたのか玲奈に歩み寄ってくる。
(分かってくれたみたいね)
「言い分は理解した。アンタの周りの人間には危害を加えない。ただし、俺が守るのはアンタだけだ。アンタがどう思い考えるかなんざ興味がない。受け入れて貰おうとも思わん。生意気にも俺に命令するなよ下等生物」
(コイツ、やっぱり嫌い……)
千尋を見ると抜刀しそうになっているが、エレーナに言われたばかりなのか我慢している。
「ここは空気が悪い。外で待つ」
一方的に言うとレトは天井に飛び去っていく。呆然としながら天井を見つめていると、千尋が話し掛けてくる。
「相当感じの悪い天使ですね」
「うん、人間でもなかなか会えないタイプだと思う」
「あんなに人間嫌いならば、玲奈さんを守護すること自体断ればよろしかったのに」
「私もそう思う」
(兄であるルタに頼まれたから引き受けたって言ってたけど、これほど人間嫌いのレトが兄の頼みだからと言って引き受けるもんなんだろうか? 命令じゃなく使命って言い方してるし、何か事情があるのかも……)
レトの態度と動機の差に疑問を感じながら、玲奈は白い天井を見つめ続けていた。