憚りながら天使Lovers
はんなりと略奪愛希望宣言
玲奈の友人感に触れ、レトはつぶやくように口を開く。
「すまなかった。玲奈にとって友達の存在が、そこまで大きいものとは捉えてなかったよ。友達は玲奈の命とも言える存在なんだね」
いつもよりもずっと口調柔らかく気弱な横顔に、玲奈の心も穏やかな気持ちになる。
(言えばちゃんと分かってくれる。というよりは、今のレトが素のレトなのかも)
自分自身も言い過ぎたと認めている部分があり少し居心地が悪い。
(そうだ。一日早いけど、チョコで仲直り攻撃しよう!)
おもむろに立ち上がると、玲奈はバッグに入れておいたラッピング済みのチョコを取り出す。
「これ、レトにプレゼント」
差し出された箱をレトは素直に受け取る。
「一日早くない?」
レトの笑顔に玲奈も笑顔になる。
「一日でも早く仲直りしたいからね。嬉しくない?」
「もちろん嬉しいよ。チョコも玲奈のその気持ちも。店で千尋さんにも言ってたけど、これは義理チョコ?」
「もちろん義理です」
「そっか、そうハッキリ言われると少しショックかな」
(あれ? このセリフって、どう捉えたらいいんだろうか)
「もしかしてレトって、本命しか受け取らないタイプとか?」
「ん? いや、玲奈からのプレゼントならなんでも嬉しいよ。ただ、本命だったらもっと嬉しかったなってこと」
(本命だったら嬉しかったと。つまり、それって私のことをそういうふうに見てるってことに……)
半ば直球に近い告白に、玲奈は頬を紅潮させ黙り込む。言った本人はわりと平気そうにチョコの箱を眺めている。
「早速このチョコを食べたいんだけど、人間姿していいかな?」
(ニンゲンシ?)
「人間姿って何?」
「ルタから聞いてないんだな。簡単に言うと意識して恵留奈さんのような状態になれるんだ。つまり人間にね」
「初耳。知らなかった。何かメリットとかあるの?」
「感覚が鋭くなる。人間で言う五感だね。ちなみにデメリットは討魔能力が0になる。人間だから当たり前だけど。他にもいろいろあるけど、チョコ食べる時間くらいならほとんどデメリットはないかな」
「面白いシステムだね。ちょっと見てみたい。人間姿してみせて」
玲奈のリクエストを受け、一瞬身体を光らせたと思うと、人間姿する。大幅な変化を期待していた玲奈だが、見ると両翼が消えただけで取り立てて変わった点は見られない。
「あれ? もしかして、翼消えただけ?」
「外見はそうだよ。人間だからね」
人間の姿となったレトを見て、さっきの間接告白を思い出し変に意識してしまう。
「あ、チョコ食べていいよ。私のことはお気になさらず」
「うん、頂きます」
梱包を嬉しそうに解く様子に玲奈の心は温かくなる。橘邸で調理したチョコはガトーショコラで、食べやすい一口サイズとなっている。もくもくと食べるその姿に玲奈は疑問を感じる。
(ルタは食欲とかないって言ってたけど、人間姿になると変わるのかな?)
「ねぇ、レト。美味しい?」
「うん、美味しいよ」
「天使って食欲とか無いってルタから聞いてたから、失礼な発言かもしれないけど、味覚とかあるのかなって思ったの」
「味覚、ちゃんとあるよ。人間姿のときは全てが人間と同じになるからね。じゃないとわざわざ人間姿してまで、チョコを食べようとしないさ」
(そう言われればそうだ)
「玲奈は料理上手なんだね。きっといいお嫁さんになれる」
(さっきから妙にアプローチされ続けていると感じるのは自意識過剰だろうか。普通に照れてしまう……)
目を逸らしてうつむいているとレトも俯いたまま呟く。
「俺、結構ショックだった」
「えっ?」
「さっきの討魔作戦時に玲奈から言われたセリフだよ。帰れってヤツ」
(ああ、あれか)
「玲奈、本気で怒ってただろ? 正直生きた心地しなかった」
「生きた心地って、そんな大袈裟な」
「いや、本当だよ。玲奈を守るためにやって来たのに、不要と言われたら存在意義がない。途中で帰るものならルタに何て言われるか分からない」
(こんな強いレトでも、やっぱり兄には逆らえないのね)
「でもなにより、玲奈に嫌われてると思うと心が割れるように痛かった」
(ん、またなんか微妙なセリフ来たぞこれ……)
玲奈は何も言えずに黙って耳を傾ける。
「玲奈の守護をするになって一ヶ月くらいだけど、ルタの気持ちがよく分かった。傍に居たいって気持ちがね」
(どんな顔してこんなこと言ってんだろコイツ……)
横目でチラッとレトを見ると、熱い視線で見つめている。
(これ、絶対に好意寄せて来てるよね)
どう対応して良いのか分からず玲奈は顔を赤くしたまま俯く。
「玲奈?」
「は、はい。何でしょうか?」
(緊張して敬語になってしまった)
「俺、わりとストレートに気持ち伝えてるつもりなんだけど?」
(ですよね~)
薄々分かってはいたものの、はっきり言われると逃げ場を無くす。
(このままじゃ駄目だ! はっきりノーって言わないと!)
「ごめん。私にはルタいるから」
「知ってて言ってるんだけど?」
(はんなりと略奪愛希望宣言ですか?)
「ル、ルタ怒られるよ?」
「構わない」
少しずつ玲奈との距離を縮めるレトに危機感を覚える。
(レトってこんなキャラだったっけ? なんかおかしくない? いや、それより今はこの状況をどうにか切り抜けないと)
「あの、ごめんレト。今日の討魔で体調があんまり良くないんだ。話の続きはまた今度にしてくれるかな?」
体調不良と聞くとレトも顔色が変わる。
「そうなのか、大丈夫?」
「一晩寝れば大丈夫。悪いけど今日は早目に寝るわ」
「分かった。ゆっくりおやすみ玲奈」
「ありがとう、おやすみレト」
挨拶を済ますとレトは人間姿から天使化し、素直に部屋を後にする。
(危なかったー!)
ベッドに倒れ込むと、レトとのやり取りが回顧され、未だ心臓がバクバクいっている。とっさに考えた嘘で何とかピンチを切り抜けたが、明日からどんな顔を合わせて良いか分からず、また一つ悩みの種が増えたと実感していた。