憚りながら天使Lovers
ドッキドキ☆温泉旅行Part1
三月、春休みを利用し、いつもの三人プラス明と葛城とレトを伴い温泉旅行を敢行する。旅館は橘グループが経営するところにより、宿泊費無料とのことで恵留奈のテンションは朝から高めだ。
当初、千尋と不仲にある葛城は不参加だったが、人間姿バージョンのレトが随行すると聞きくと、急に参加すると通達してきた。
一方、バレンタイン以降のレトは玲奈の予想に反し再び紳士的な雰囲気になり、口説くようなそぶりも一切見せない。ガトーショコラに入っていた微量な酒に酔い、勢いであんなふうになったと玲奈の中では脳内補完されている。
電車に揺られながら女子三人組みは、はしゃいでいる。当初手配されていたリムジンは、恵留奈の提案によりドタキャンされた。
「旅と言えばやっぱ鈍行列車だよな。景色ゆっくり楽しめるし、いろいろ話せるし」
恵留奈はポッキーを片手に楽しそうに語る。
「まあ確かに千尋ちゃんのリムジン移動だと、こういう楽しみはないけど、当日に提案してプラン変更するのはちょっとどうかと思うよ。千尋ちゃんも考えて旅行プラン立ててくれたんだし」
「いえ、恵留奈様の言う通り、列車旅行に切り替えて私も良かったと思ってます。旅行をしているって感じがして楽しいですもの」
千尋は本当に楽しいようでずっとニコニコしている。恵留奈の笑顔が千尋にとっても笑顔の源になっていた。反対に、通路を隔てた反対側に座る男性陣は一言も言葉を発しない。お互いに興味がないので当然と言えば当然の状況だ。そんな男性陣を見て、恵留奈が一つの提案を出してくる。
「せっかくの旅行なんだからさ、そちらさんも楽しみなよ。なんならみんなで王様ゲームでもやる?」
「列車内ですけどー!?」
玲奈はいつもの高いテンションでツッコミを入れる。
「列車内だけど、あんま人いないし大丈夫じゃね?」
「大丈夫じゃない。恵留奈、絶対とんでもない命令しそうだから」
「じゃあ、多数決取ろう」
(多数決って言った時点で千尋ちゃん票がアンタに入るんだよ!)
「男性陣諸君も含め、王様ゲームに賛成の方、挙手!」
当然ながら恵留奈と千尋が挙がり、葛城の手も挙がる。
「ありゃ、半々に分かれたか。つーかさレト君、王様ゲーム知らないよね?」
つまらなそうに景色を眺めるレトに、恵留奈は話し掛ける。
「知らないし興味ない」
窓の外を見ながらレトは答える。
「ホント? 勝ったら玲奈とキス出来るゲームなんだけど」
「例えがそこはかとなくおかしいから!」
玲奈のツッコミを見て、レトと明がゆっくり手を挙げる。
(このエロ野郎共。反応が素直過ぎんだよ!)
「ハイ、じゃあ五対一で王様ゲーム決定~」
「このゲーム、私ハイリスクローリターンなんですけど」
「そういうスリルを楽しむのまた一興」
「非常に楽しめんわ……」
初見のレトの為、テスト的に一回プレイしルールを説明する。男女交互に座ると割り箸を一斉に引く。最初に王様を引いたのレトだった。王様役は全員一回はするというハウスルールを設けているので、今後の王様はレトから時計周りとなる。
「おっ、レト君が初王様だ。じゃあ命令してみ」
恵留奈の問い掛けにレトは少し考えている。
(激しく嫌な予感がする……)
隣に座る玲奈は、じっと見つめる。
「じゃ、俺と玲奈がキスをする」
「まんまだよバカ! そういうゲームじゃないから! 何番が何番と何かをするって言い方!」
「えっ、じゃあ王様って何番?」
「王様は王様だよ! 番号ないから!」
「じゃあ、王様って損だな」
(コイツ、どんだけキスしたいんだ……)
半ば諦めの境地でレトを見つめる。
「分かった。じゃあ一番が二番にキス。これでいいか?」
「う、うん。まあ、ルール的には……」
(初っ端キスってハードル高いな)
進行役をかって出ている恵留奈は掛け声をかける。
「一番だ~れだ?」
千尋が手を挙げ、その瞬間、恵留奈の機嫌が悪くなる。
(王様ゲーム内で、恋人がいるって致命的ミスだと思ってたよ)
「命知らずの二番だ~れだ」
(二番の人、挙げ辛~い!)
殺伐とした恵留奈の問い掛けに、明はゆっくり手を挙げる。
「明君か。じゃあ千尋とキスね。ほっぺ以外のキスは認めんからな?」
千尋は正面に座る明の頬に軽くキスしてすぐに離れる。
(昔好きだった明君にキスってどんな気分なんだろ。って言うか恵留奈の殺気が怖い)
「ハイ、じゃあ次行くよ~」
時計周り二番目の王様は千尋で、空気を読んでくれたのか、肩を揉ますという簡単な命令でバトンを渡す。三番目の明も恵留奈の殺気を感じてか、デコピンをするというベタな命令でやり過ごした。
四番目は恵留奈が王様になり、背中から抱きしめるという命令を下すが、千尋と玲奈がそれをし、またしても恵留奈の機嫌を損ねる結果になる。そして、五番目の葛城が済み、最後に玲奈の番が回ってくる。
(こういうリア充ゲームしたことないから、盛り上げ方分からないんだよね)
命令を考えていると恵留奈が話し掛けてくる。
「玲奈の番で王様ゲーム終了なんで、最後に面白いのヨロシク」
(ハードル上げてくるし。企画立案しといて一番不機嫌になってるし)
「じゃあ、三番と五番がポッキーキス」
(ポッキスくらないならいざとなったら逃げられるし、恵留奈も安心でしょ)
「面白いじゃん。ちなみに三番アタシだから。五番だ~れだ?」
恵留奈の問い掛けを受けて、千尋が顔を赤くしながら手を挙げる。それを見た瞬間、恵留奈は明を押しのけ、いきなり千尋を押し倒しキスを始める。
(ポッキー関係ねぇー!)
「おい! やめろコラ! ここ列車内だから!」
ディープなキスをしている恵留奈を引っぺがし玲奈は間に入る。
「ほっぺ以外のキスは認めないんじゃなかったのか!」
「いや~、王様の命令には背けないというかなんというか……」
「そんなディープな命令してないわ!」
「まあまあ、サービスサービス。盛り上ったろ?」
「全くもう……」
恵留奈に怒りつつ椅子に横たわる千尋を見ると、頬を赤らめ目がとろんとしている。
(うわぁ~い、艶っぽい感じで出来上がってるー!)
「恵留奈! 列車内で千尋ちゃんに近づくの禁止!」
目的地の伊豆に着くまで間、玲奈に怒られた恵留奈は、千尋と離れた席に座らされ、しょんぼりしていた。
駅を出ると迎えのハイヤーが待機しており、男女に分かれ乗車する。見るからに高級そうな旅館に到着すると、元気のなかった恵留奈も目を輝かし、男性陣も少しテンションが上がっている。一人一部屋用意されており、通された室内のキングサイズのベッドや装飾の数々をみて、玲奈は冷や汗が出る。
(一泊十万円は下らないよこれ……)
ふかふかのベッドに横になると、いやがおうでも気分が良くなる。普段寝ているベッドよりも数倍広く、寝心地も申し分ない。
子供のようにベッドでゴロゴロしていると室内の電話が鳴り、取ると恵留奈から大浴場への誘いが来る。流石に混浴でない温泉ばかりでは千尋と一緒に入れないので、仕方なく誘ったらしい。
並んで大浴場に足を踏み入れると他の客も多数おり、賑わいを見せていた。洗い場で隣に座って頭を豪快に洗っている恵留奈を見ていると、玲奈は少し悲観的になる。
「どした? さっきからこっち見てるけど?」
「いや~、改めて神様は不公平だなと」
「意味分からん」
「スタイル良くって出るとこ出てて、可愛い彼氏持ちでしょ? 中身がオッサン以外パーフェクトだもん」
「最後のオッサンが引っ掛かるけど、概ね褒められたと認識しとくわ。ってか、気付いてないかもしれないけど、今日の男性陣全員、玲奈を好きな連中だよ。今夜はより取り見取りじゃん」
「いやいやいや、本命のルタがいないから全く意味無い」
「中を取って、もうこの際レト君に乗り換えるとか?」
「どことどこの中を取ってその結論になるのよ」
「いや~、でもさ、レト君感じ変わったよね? 丸くなったというか優しくなったというか。列車内でも玲奈のことばかり見てたし」
(はい、その点は重々理解しております……)
「実はもうデキてる?」
「誰かさんと一緒にしないで下さい」
玲奈は呆れながら身体を洗い始める。恵留奈は自分の洗髪が済むと、玲奈を置き去りにし露天風呂に向かっている。
(誘った意味あるのかコレ)
いつものことと、半ば諦めながらボディソープを出していると、隣にスレンダーな女性が座り、その顔を見ると外国人でちょっとびっくりする。綺麗な金髪ウェーブで背丈も恵留奈と同じくらいあり、エレーナを彷彿させるたたずまいをしていた。
(話し掛けられませんように……)
英会話の出来ない一般的な日本人らしく、空気になるよう自分自身に言い聞かせながら玲奈は身体を洗う。しかし、そんな心情もお構いな無しで話し掛けてくるのが外国の方だったりする。
「こんばんは」
(えっ、日本語?)
流暢な日本語を聞き、反射的に挨拶を返してしまう。
「こ、こんばんは」
「コレ、どうやって使うか教えてくれますか?」
指差す先にはシャワーの温度調整レバーがある。
(日本人でもこれって最初戸惑うんだよね~)
丁寧に操作方法を教えると感謝の言葉を言われ洗髪をし始める。また話し掛けられるのも怖いので、自分のことは早々に切り上げ恵留奈を追うように野外の露天風呂に向かう。
露天風呂は三種類完備されており、恵留奈がどこに居るのかさ迷い歩く。しかしながら見つかる気配もなく、身体も冷え限界が近いと感じ、目の前の露天風呂に避難する。一度温泉に浸かると気分は最高で、普段溜まったストレスも溶け出て行く面持ちになる。
(なんか恵留奈のことどうでもよくなってきた。普通に温泉堪能しよ~)
恵留奈の捜索を放棄し、のびのびと温泉を堪能していると、背中を軽く叩かれる。
「ん、恵留奈?」
振り向くとさっき隣に座った金髪モデルが笑顔を見せている。
(恵留奈じゃない!)
「さっきはありがとう」
「い、いえ」
(うわぁ、なんか面倒臭いことになったぞ~)
緊張していると相手は自己紹介をしてくる。
「私はプリシラ。ロンドンから観光で来たの。あなたのお名前は?」
「私は玲奈です」
「玲奈。美しい名前。ヨロシクね、玲奈」
笑顔で手を差し出されて断れる日本人はいない。ご多分漏れず、玲奈も快く手を差し出す。日英友好の握手を終えると、玲奈はベタな質問をする。
「プリシラさん、日本語お上手ですね」
「ありがとう。十年くらい勉強して、日本へのホームスティも何度か経験したの。来日は十回以上よ」
「凄いですね。日本が好きなんですか?」
「もちろん大好きよ。食べ物も美味しいし、治安もいいし、なにより親切な人が多い。玲奈みたいにね」
(日本を代表して褒められてるみたいで嬉しい)
「そんなに日本好きなら、いっそのこと日本に住んじゃおうって考えたりしません?」
玲奈の問い掛けにプリシラは驚いた表情を見せる。
(あれ? 私、変なこと言った?)
「玲奈、凄い。なんで分かった?」
「えっ?」
「私の今回の来日目的は、日本人の恋人を見つけることなの」
(マジかよ……)
「恋人を見つけて、結婚できたらずっと日本に居られるでしょ?」
(観光ビザを無双にする裏技キタコレ)
「えっと、誰か候補的な人とかいるの?」
「ええ、実は、とても言いにくいことなんだけど……」
(まさか私とか言うトンデモオチじゃなかろうな)
ドキドキしながら返事を待っていると、予想もしない回答がプリシラの口から発せられた。
「夕方ロビーで見た、玲奈のお友達っぽい、金髪の男性に一目惚れしてしまいました」
(日本人でも人間でもねぇーー!)
レトの人間姿が頭の中をぐるぐるする中、どう返答していいものか、玲奈は考えあぐねていた。