憚りながら天使Lovers
ルタとの約束
 一泊二日の温泉旅行から帰宅の途に着き、自室に戻るもレトとの距離が一気に縮まり過ぎて心の整理が未だついていない。整理をつけようにも自室のすぐ外にレトがいると思うだけで、意識し緊張してしまう。
(今の状態って半同棲みたいなもんだし、いつ間違いが起こってもおかしくないんだよね……)
 ルタと違いガツガツ攻めて来ない分、玲奈も対応に苦慮してしまう。すぐ下ネタに走るルタならば叩き出すことで済む話だが、紳士的なレトだと玲奈もそれなりの対応をせざるを得ない。
(ある意味、戦い辛いというか、やりにくいな~)
 ベッドに座ったまま玲奈は想い悩む。
(ルタは天真爛漫というか素直というか、善くも悪くも裏表がない。レトは冷静で感情的にならない。その分、気遣いやマナーが徹底されていて凄く好感が持てる。共通していることは、どちらも私のことを心から好いてくれているということ……)
 昨夜のレトの想いを熱く感じつつも、神社で泣きながら再会を誓ったルタとの想いもよぎる。
(先に約束したのはルタだし、その約束の一端としてレトはここに来てくれてる。やっぱり、ルタを待つのが筋だ。でも……)
 離ればなれになって半年以上経過し、遠距離恋愛が上手くいかないというジンクスを身に染みて理解し始めている。
(もし、このまま何年も、何十年も帰って来なかったら、流石に他の道を選ばざるを得ない。私にも譲れない一線はあるし。こんなことなら、期限を切っとくべきだったかしら……)
 全く頭の中が整理されない中、ぼんやり机を眺めていると、目の前に突然レトが舞い降りる。
「わっ! びっくりした。レディの部屋に予告も無しに入って来ないでよ!」
(珍しい、というかレトがこんなことするなんて、どうしたんだろ)
 ドキドキしながらレトを見ると、レトは訝し気な顔をしている。
「何言ってんだ? 玲奈が呼んだから来たんだが?」
「えっ?」
「小さな声だったから独り言かと迷ったが、何度も呼ぶから一応気になって来たんだ」
(私、無意識のうちにレト呼んでたの? これってだいぶ重症だ……)
「ご、ごめん。きっと独り言だと思う」
「そうか。ならいい」
 レトが背中を向けて飛び去ろうとした瞬間、玲奈は呼び止めてしまう。
「待ってレト」
「ん?」
「ちょっと話を聞いてくれないかな?」
「もちろん、喜んで」
 レトは笑顔で玲奈の横に座る。
(つい呼び止めてしまったけど、よく考えると話することがなかった。ただ傍に居て欲しかったなんて絶対言えないし……)
「話って何?」
(当然の質問ですよね)
「あの、さ」
「うん」
「あ、明日、晴れるかな?」
「は?」
(だよね~)
「ごめん。ちょっと疲れてるみたい」
「みたいだね。落ち着いたら話せばいいよ」
「うん、ありがとう」
 穏やかな表情でレトは気遣う。
(昨日も思ったけど、レトの優しさが半端ない。私の気持ちを知られてしまったところも大きいんだろうけど)
 並んで座ったまま沈黙は続くが不思議と気まずさや重苦しさもなく、自然な雰囲気で時間が流れる。
(気のおけない恋人同士になると、こんな感じなるんだろうか。家族とは違いドキドキ感の混ざった空気みたいな。それでいて居心地が悪くない……)
 チラッとレトを見ると、すぐ視線に気付かれこちらを見返される。目が合ってもそんなに照れもなく、普通にドキドキする。
(再確認した。私、レトが好きだ)
「レト」
「なに?」
「私、レトが好き」
「面と向かって言われると嬉しいな。どうしたの急に?」
「素直にそう思ったから口にしたの。それだけ」
「そっか。うん、やっぱり嬉しい」
 笑顔になるレトを見て衝動的に抱き着きたくなるが、理性でなんとか抑える。
(ヤバイ。本当このままじゃ恋人同士になるのも時間の問題だ。なにより、私自身がそれを強く望んでる。でも、ルタの笑顔も裏切れない……)
「あのさ!」
 玲奈は決意を込めて声を大きくして言う。
「私、レト好きだし、今すぐにでも恋人同士になりたい。でもね、同じくらいルタも好きで裏切れないの。どうしたらいいかな? 私、昨日からずっと考えてるけど、頭の中が困惑して無茶苦茶なの。どうしたらいい?」
 玲奈は自分が抱えている葛藤を素直にぶつける。言われたレトは驚いた顔をした後、困惑気味に首をひねる。
「論点というかネックというか、ルタとの約束をどうするか、これに尽きるだろう」
「うん」
「約束を守るということは俺とは付き合えない。逆だとルタと付き合えない。でも、昨日ルタの方が好きって言ったばかりだろ? 約束を守る方向でいたんじゃないのか?」
「うん、まあそうなんだけど。正確に言うと逆で、約束を守らないといけないから、ルタが好きって感じかな。変な表現だけど」
「じゃあ、ルタは好きだけど約束をしてなかったら、俺を選んでるってこと?」
「そう、なるのかな? どちらをどれだけ好きかってことを数値化できないし、優劣だって付けられない。レトはレトの良いところがあって、ルタはルタの良いところがある。私が思うに、こういう恋愛ってタイミングだったり縁だったり、総合的な要素で付き合いが決まるんじゃないかな? その中でも、一番大切な要素が傍にいることなのかもって考え始めてる。なんだかんだ言っても、触れ合いの無い恋愛って成立しにくいと思うし。もちろん心の繋がりや思いやりだって大事だけど、大好きな人に抱きしめられたいって想うのが、恋愛の正直な部分だと思う」
 玲奈の考える恋愛論をレトは静かに聞く。
「自分勝手な意見なのかもしれないけど、私、単純に寂しいんだと思う。もちろん、寂しいからレトを好きになったわけじゃないけど、寂しいときに心温めてくれた人に好意を持つことは、仕方のないことかなって自己弁護しちゃう。結局、どうしていいのかなんて結論は出ないんだけどね」
 玲奈はそう言うと苦笑しレトを見る。レトは無言で玲奈の両肩を掴むとベッドに優しく押し倒す。
「レ、レト?」
「一つだけ良い方法があるよ」
「えっ? どんな方法?」
「俺が玲奈を無理矢理抱く」
「意味分からないんだけど?」
「嫌がる玲奈を俺が無理矢理抱いた。そういうことにすればいい」
「それってレトが悪者になるってことだよね? ダメだよ。私だけイイ子ぶることなんて出来ないし、レトとルタの関係を壊すこともしたくない」
「じゃあどうするんだ? こうでもしないと玲奈がずっと寂しい想いをするハメになる。俺は玲奈に寂しい想いをしてほしくない」
(本当に優しいな、レト……)
「ごめん。私、レトが好きだからこそ、レトにだけ悪者役を押し付けられないよ」
 優しくも心配そうに見つめるレトの瞳を受けて、玲奈の心にある固い意思が溶けて行くの感じる。
(ごめんなさい……、ルタ)
「いっそのこと、一緒に、悪者になろっか……」
 目線を合わすことなく玲奈はつぶやく。
「いいのか?」
 黙って頷く姿を確認すると、ベッドに横たわる玲奈の上に被さり優しく抱きしめる。玲奈は抵抗することなくそれを受け入れる。顔の横にあったレトの唇が自分の唇に触れた瞬間、玲奈もレトを抱きしめて唇を受け入れる。
(もう引き返せない。本当にごめんなさい。ルタ……)
 覚悟を決め、自ら上着を脱ごうとしたところで、突然部屋のドアがノックされる。
「玲奈? ちょっと話がしたいんだけど入っていい?」
(愛里!?)
「ご、ごめん! ちょっと待って!」
 急いで起き上がり上着を直していると、レトは苦笑しながら飛び去って行く。髪型や服装の乱れを軽くチェックすると、愛里を迎え入れる。長話希望なのか、両手にはクッキーとペットボトルが携われている。
「どうしたの? 急に話って」
「いやさ、ちょっと恋バナ的な相談なんだけどいいかな?」
(願ったり叶ったりかも)
「もちろん。早速話そ」
 テーブルを挟んでクッキーの箱を開けると、愛里から話し始める。
「実は彼氏のことなんだけど、どうも怪しいんだよね」
「怪しいって?」
 玲奈は紅茶を飲みながら尋ねる。
「二股っぽいんだよね」
 愛里の言葉で紅茶が器官に入り、玲奈は咳込む。
「大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。器官に入っただけだから」
(今の私をとがめられてるみたいで怖いわ……)
「たまに連絡取れなくなるときあるし、どうも女の匂いがするのよね。玲奈はそういう経験ない?」
(すみません。どちらかというとしてる側です……)
「私はないかな」
「そうなの? あんな俳優似のイケメンなのに」
(まだ葛城さんのこと彼氏と思ってるのか。釈明しても信じて貰えないし、否定する必要もないか)
「まあ、私のことは措いといて、彼氏とはどうするの? 別れ考えてるとか?」
「二股が確定すれば別れるつもり。そこで玲奈にお願いなんだよね」
「えっ?」
 この後に語られた愛里からの依頼により、玲奈は思い悩むことになった。
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