憚りながら天使Lovers
最終話:共に過ごす同じ時間の流れ
九月、腕枕の中で目を覚ますとレトが優しく微笑んでいた。窓の外はまだ暗く、月夜が室内を照らしている。
「ごめん、いつの間にか寝ちゃってた」
「可愛い寝顔だったよ」
「照れるから」
玲奈は嬉しくなってレトに抱き着く。服を着ていないせいか、熱がダイレクトと伝わる。
「ねぇ、レト。レトって歳取らないよね?」
「取らないな」
「反則だ」
「まあね」
「一緒に歳を取って、一緒に白髪になるって出来ないんだよね」
「そうだな。俺がいつの日か玲奈を看取るか、俺が戦闘の内で殉職するか、どちらかだろう」
「どうせなら前者がいい。私は一度、レトを失ってるから……」
強く抱きしめてくる玲奈を感じて、レトは口を開く。
「恵留奈やプリシラが、なんで人間転生を選んだか分かったろ?」
「えっ?」
「人間転生だと人間と同じように歳を取り、同じように寿命で死ぬ。愛する人と同じ時を生き、同じように死ねる。共に過ごす同じ時間の流れが愛を強くする。もちろん、俺が人間転生じゃない普通の天使だからと言って、玲奈への愛が浅くなるわけじゃない。玲奈と同じ時の流れで生きられないというだけの話さ」
(不老不死を捨ててまで天使を辞める理由が今分かった)
「恵留奈と千尋ちゃんが、ちょっと羨ましいな」
「そうだな、きっと人間転生を決めた天使って、過去に人間と恋に落ち愛して、不老不死ゆえの悲しみを知った天使なんだと思う。じゃないと不老不死を捨てるメリットないしな」
「愛に生きる天使って感じだね。そう考えると恵留奈ってちょっと素敵……」
話しながら腕枕され、レトの胸の鼓動を聞いていると心地よく、睡魔がもたげてくる。
「レト、愛してる……」
「俺も愛してるよ、玲奈」
レトの体温を感じながら、玲奈は再び幸せな眠りにつく――――
――翌日、いつもテラス。
「妊娠しちった」
会って開口一番、悪びれる様子もなく言い放つ恵留奈を見て玲奈はグーで殴ろうとするも、千尋に羽交い締めで止められている。
「ちょっと恵留奈を素敵とか思った昨日の時間を返せ!」
「いや、意味分からんし」
「オマエは愛の天使じゃない! ただの性欲の天使だ!」
「うん、そこは否定せん」
「否定しろよ! バカ恵留奈!」
テラスで騒いでいると、黒いスーツでビッと決めた男が背後から話し掛けてくる。
「相変わらず騒がしい女共だな。ああ、一名は女じゃねぇか」
「余計なお世話! って、この声……」
振り向くと死んだはずの葛城が笑顔で立っている。
「よお、久しぶり」
「なんでー?」
「あ、俺、人間じゃねぇから。悪魔になった」
(相変わらず訳が分からない……)
「ちゃんと説明して貰っていいですか?」
椅子に座ると葛城はこれまでの顛末を語る。サマエルの生贄となった後、葛城は自身の中にあった悪魔の力で意識を留め、時間をかけてサマエルを中から浸食。最終的には自分がサマエルになったと言う。
「相変わらず無茶苦茶な人。というかもう人でもないか」
「ああ、悪魔サマエル葛城だ」
「シェフ、ムッシュ葛城みたいでカッコイイな!」
恵留奈の変なツッコミに玲奈は再び殴ろうとするが止められる。
「ってことは、私たちの敵ってこと?」
「いや、基本は人間のときと変わらんよ。天使の力がメインだったのが、悪魔の力がメインに変わっただけ。天使だろうと悪魔だろうと、気にいらんヤツは倒す。それだけだ」
「葛城さんらしい」
「ところで、玲奈ちゃん、もう処女じゃないんだろ? 今晩あたり俺とどう? 処女じゃなければ主従関係も解消だし。どんどん口説いちゃうぜ」
(えっ、なんで処女のこと知ってんの?)
「ん? レトから聞いたんだ。ここ来る前に玲奈ちゃんの家に寄ってきたからな」
「そうなんだ……、って、さりげに心読まないで下さい。そして、口説いても無駄です」
「すまんすまん。悪魔ってなかなか便利なんだわ。それにしても、レトまで生き返ってるなんて驚いたぞ」
「悪魔になって返ってきた葛城さんには敵いませんけどね。あっ、レト、ちゃんと家事やってました?」
「ん? ちゃんとやってたのは姉ちゃんの方だな。というか、人間姿のレトにべったりだったけど、大丈夫なのかあの姉ちゃん?」
(愛里、帰ったらブッコロス)
「人間の戸籍を手に入れて人間として暮らす、レトもよくやるよ。本当に愛してるんだな」
「戸籍は千尋ちゃんの権力を借りちゃいましたけどね」
「いや、神の威光まで動かした玲奈ちゃんは凄いよ。愛の力は天使をも超える、って感じか」
「葛城さんが言っても説得力ないですよね」
「悪魔だしな」
二人が談笑するところに明が走ってやって来る。
「うわっ! やっぱり葛城さんだ! なんで?」
真剣に驚いている明を見て、玲奈は葛城に語りかける。
「リピート解説します?」
「面倒臭ぇから幽霊ってことにしといてくれ」
「それ、明らかに僕だけのけ者にしようとしてますよね?」
批難の眼差しで二人を見るも、笑われスルーされてしまう。
「それにしても、いろいろとめでたいな。レト君もムッシュ葛城も返ってきて、アタシもオメデタだし玉の輿だし」
「ツッコミどころが多すぎて困るんだけど、とりあえず妊娠の件はどうするの?」
「生むよ。当たり前だろ」
(コイツに聞いたのが間違いだった)
「千尋ちゃんはどうしたいの?」
ずっと俯いて黙っていた千尋が重い口をやっと開ける。
「実は、昨日プロポーズさせられました……」
(プロポーズ? しかも、させられた? このフレーズ、一年前に聞いた覚えがあるぞ)
「おい、恵留奈。お前まさか、ベッドでの行為中にプロポーズ強要したんじゃなかろうな?」
玲奈の殺意を察知したのか、恵留奈は席をゆっくり立つと、無言のまま颯爽とテラスを後にする。
「待てコラ! 今日という今日こそキサマの腐った性根叩き直してやる!」
光集束の拳を振り上げ追い掛けようとする玲奈を、明と千尋が必死に引き止める。一方、葛城は止める気配もなくただ笑う。その様子を私服を来た金髪の青年が、屋上からいつものように穏やかな表情で見つめていた。
(了)