龍の神に愛されて~龍神様が溺愛するのは、清き乙女~
「そうなったら、ますます父に嫌味を言われるな」


皐月はそう言いながら神木に手で触れる。

すると、空間の裂け目は段々と小さくなり、やがて消える。

それを確認し、神木の影からそっと顔を覗かせる。

神木から天照大御神の社は歩いて二十歩程の距離だ。


「……やはり、いるな」


木造の鳥居のような社の入り口には、白の着物と濃い灰色の袴を履いた見た目は齢二十五前後の青年が堂々と立っている。


「今出て行けば、必ず見つかるぞ……」


見つかりたくはないが、裏門以外に残された道はない。


「絶対に通ってやる」


そう力強く告げた時だった。


「どこを通るのだ?」


少し低い、感情の見えぬ男の声。

その声に、皐月の肩が跳ねる。


「おい、聞いているのか?」


見つかった。


その言葉を頭の中で連呼しながら、恐る恐る後ろを振り返る。

振り返ると同時に、炎を連想させる赤く長い髪が皐月の目の前を掠める。

それは、無表情な顔に切れ長の赤い瞳、黒い着物を風で靡かせる男のもの。

肩幅が広く、皐月よりも頭一つ分身長の高いその男は、腕を組んでこちらを見ていた。


「お前は、裏門に行きたいのか?」


下から見上げるようにしている皐月に、男がそう聞く。

その男に、皐月は一つ頷いた。


「あ、あぁ……」

「なら、自由に通ればいいだろう?」


男は、首を傾げて言う。

確かに、裏門を通ってはならないという規則はない。

しかし、他の神に裏門を通る事を見られるわけにはいかないのだ。


「通れない事情がある」


皐月は、男にそう短く告げる。


「訳ありか…」


わかって貰えたのか怪しいが、男はそう小さく呟く。


「取り敢えず、一つだけ聞かせて欲しい」


皐月は男を訝しい様子で見ながらそう聞く。

まず、男がいつから皐月の近くに居たのかわからない。

大体、近くに来れば気配はわかる。

しかし、この男には気配がなかった。

それどころか、今でも気配は感じられない。


「何を聞きたいのだ?」


男は、静かにそう皐月に聞く。

皐月は男の顔を窺うが、変わらず無表情だ。


「……お前は何者だ?」


その皐月の言葉に、男は一の字に結んでいた口をふいにに笑みで崩した。


「何が可笑しい?」

「いや、勇気のある若者だと思ってな……」


少し不機嫌な声の皐月に、男は楽しげな声で言う。

これは、絶対に馬鹿にされている。

男が何者なのかわからないのには、ちゃんと立派な理由があるのだ。


「大体、お前が気配がないから何者かが見分けられないんだろう!!」


皐月はそう叫び、男を指差す。

気配や霊力さえ感じれれば、聞かずとも何となく把握出来る。

それがなければ、相手の事など理解は不能だ。


「……そうだな。
とりあえず、緋月(ひづき)とでも名乗っておく」


とりあえず、という事は本当の名ではないのか。

緋月という男も皐月も、互いに訳ありなのだろう。
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