龍の神に愛されて~龍神様が溺愛するのは、清き乙女~
「まあ、いい。
諦める気はないからな……」


独り言のように皐月は言う。

言葉の意味を理解していない葵には、首を傾げている事しか出来ない。

そんな葵の顔を、皐月は少しの間眺める。

その後、皐月は葵の方へと静かに体を寄せた。


「あ、あの……っ、皐月様!?」

「このまま大人しくしていろ」


皐月は葵の膝に頭を乗せ、床に寝そべったのだ。

膝枕なんて、誰かにするのは初めてだから。

葵の膝枕で寛ぐ皐月に、戸惑いながら声をかけた。


「あの……皐月様」

「どうした?」


葵に答える皐月の声は柔らかく、優しい。

皐月は体を横に向けているために顔は見えない。

しかし、きっと優しい表情をしているだろう。

顔を見なくても、声でわかる。


「有難う御座います」

「何故、礼を言う?」


皐月は寝返りを打ち、葵を下から見上げる。

心底不思議そうな皐月の表情。

それが何故だか幼く見えて、葵はふいに笑みを浮かべた。


「皐月様がまた私に会いに来て下さったから……」


交わした約束を守ってくれたのは皐月が初めてだったから。

葵は幼い頃、よく老婆に外で遊びたいと言っていた。

老婆はその度に「いつか自由に遊べる日がくる」と言い、結局叶うことはなかった。

そうして、悟ったこだ。

自由や約束なんて、葵には死ぬまでずっと叶うことのない夢のまた夢だと。

約束は、交わしても叶わないものだと葵は思い込んでいたから。


「初めて、皐月様だけが約束を守ってくれましたから……」

「私は、一度交わした約束は破らん。
それに、私の方がお前に会い一心で来たのだ」


皐月はもう一度そっと手を伸ばし、葵の頬に触れる。

その優しい一言が嬉しい。

でも、本当はこうして男性と、さらには社主の御子と密かな逢瀬は禁忌なのに。

巫女としての在り方に反しているとわかっている。

それなのに、ずっと錆び付いていた心は言う事を聞いてはくれない。

皐月に触れられる度、言葉をもらう度に浮わつく心。

葵は毎度戸惑うばかりで、それが本当は何なのかわからない。


おかしい。


今までは感情を殺すのは得意だったのに。

それなのに、皐月と出会って変わった。

たった二度の逢瀬。

一刻にも満たない短い時間。

そんな中で、葵は皐月がいる時だけは感情を殺せなくなってしまった。


「私は一体、どうしたというの……?」


思わず、葵の口からそんな呟きが漏れた。

急に表情が曇った葵を見た皐月は、体を起こして顔を覗いた。

皐月の顔は、互いの息がかかるほど近くにある。

そうして、皐月は柔らかく首を傾げた。
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