龍の神に愛されて~龍神様が溺愛するのは、清き乙女~
俯いた葵を見て、皐月は何を思ったのだろうか。

葵を腕に抱えたまま、器用に自分の着ていた薄紫色の羽織りを脱ぎ始める。

彼は一体、何を始めるのだろう。

じっとその様子を目で追っていた葵だったが。

突如、ぴしりとまるで石になったかのように硬直してしまった。


(────え?)


ふわりと皐月の腕の動きに合わせて靡いた羽織り。

自然と目で追っていたそれが辿り着いた先は、葵の体だった。


「体を冷やすとだめだぞ、葵」


ぽんぽんと軽く羽織りの上から体を叩き、くすりと淡く笑う。

そして、そのまま伸ばされた皐月の手が葵の頭を撫でた。

それはまるで、小さなか弱い生き物を慈しむかのような優しい手つき。

硬直して動けずにいる葵を確かめて、皐月はゆっくりと床に横たえてくれた。


「あの……皐月様……」


どうして、そんなにも気にかけてくださるのですか。

そう聞きたくて、葵は皐月をそっと呼んでみたのに。

喉に詰まって言えない言葉は、やがて葵の胸の内に消えてしまう。

言葉が詰まった葵の声に気分も害する様子もなく、皐月は笑みのままで首を傾げてみせた。


「どうした、葵?」

「貴方は、繧霞様の御子様だったのですね……
御子様がいらっしゃるとは、初めて知りました」


あぁ、言いたいのはそれではないのに。

もどかしく思いながらも、葵は床に寝たままで皐月を見上げた。

本音を隠すために出てきた言葉だったけれど、考えてみれば確かに。

今まで、繧霞に息子がいるとは知らなかった。

この紫龍神社には祭壇に奉られた繧霞。

彼は、贄の儀式以外の話はまるでしなかった。

世話をしてくれる老婆も、そんな話は口にしたこともない。

そして、巫女である葵が繧霞と会うのは、魂を捧げる儀式の時のみ。

繧霞を知る機会など、ないに等しかったのだ。


「……父がすまないな、葵」


ぼんやりと上の空だった葵に突然囁かれた、穏やかな声。

しかし、葵は皐月がどうして謝るのか理解出来ない。

ひとしきり考えた後で、葵は素直に首を傾げてみせた。


「どうして、皐月様が謝られるのですか?」

「父が、お前に魂を捧げる儀式を強要しているのだろう?」


皐月のその言葉に、葵は思わず驚いてしまった。

どうして、強要だと思うのか。

これは、契約であり、この社の巫女の定めであるはず。

それなのに、皐月は。

葵を気遣う優しい声に言葉を与えてくれる。

けれども、今まで一度も誰からも与えて貰えなかったそれらは、葵には馴染みがないもので。

どうしてだろう。

心の奥がそわそわと浮き立って、落ち着かない。

ちらりと皐月を見ると、格子窓から見える夜空に浮かんだ満月を眺めていた。
< 3 / 53 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop