龍の神に愛されて~龍神様が溺愛するのは、清き乙女~
俯いた葵を見て、皐月は何を思ったのだろうか。
葵を腕に抱えたまま、器用に自分の着ていた薄紫色の羽織りを脱ぎ始める。
彼は一体、何を始めるのだろう。
じっとその様子を目で追っていた葵だったが。
突如、ぴしりとまるで石になったかのように硬直してしまった。
(────え?)
ふわりと皐月の腕の動きに合わせて靡いた羽織り。
自然と目で追っていたそれが辿り着いた先は、葵の体だった。
「体を冷やすとだめだぞ、葵」
ぽんぽんと軽く羽織りの上から体を叩き、くすりと淡く笑う。
そして、そのまま伸ばされた皐月の手が葵の頭を撫でた。
それはまるで、小さなか弱い生き物を慈しむかのような優しい手つき。
硬直して動けずにいる葵を確かめて、皐月はゆっくりと床に横たえてくれた。
「あの……皐月様……」
どうして、そんなにも気にかけてくださるのですか。
そう聞きたくて、葵は皐月をそっと呼んでみたのに。
喉に詰まって言えない言葉は、やがて葵の胸の内に消えてしまう。
言葉が詰まった葵の声に気分も害する様子もなく、皐月は笑みのままで首を傾げてみせた。
「どうした、葵?」
「貴方は、繧霞様の御子様だったのですね……
御子様がいらっしゃるとは、初めて知りました」
あぁ、言いたいのはそれではないのに。
もどかしく思いながらも、葵は床に寝たままで皐月を見上げた。
本音を隠すために出てきた言葉だったけれど、考えてみれば確かに。
今まで、繧霞に息子がいるとは知らなかった。
この紫龍神社には祭壇に奉られた繧霞。
彼は、贄の儀式以外の話はまるでしなかった。
世話をしてくれる老婆も、そんな話は口にしたこともない。
そして、巫女である葵が繧霞と会うのは、魂を捧げる儀式の時のみ。
繧霞を知る機会など、ないに等しかったのだ。
「……父がすまないな、葵」
ぼんやりと上の空だった葵に突然囁かれた、穏やかな声。
しかし、葵は皐月がどうして謝るのか理解出来ない。
ひとしきり考えた後で、葵は素直に首を傾げてみせた。
「どうして、皐月様が謝られるのですか?」
「父が、お前に魂を捧げる儀式を強要しているのだろう?」
皐月のその言葉に、葵は思わず驚いてしまった。
どうして、強要だと思うのか。
これは、契約であり、この社の巫女の定めであるはず。
それなのに、皐月は。
葵を気遣う優しい声に言葉を与えてくれる。
けれども、今まで一度も誰からも与えて貰えなかったそれらは、葵には馴染みがないもので。
どうしてだろう。
心の奥がそわそわと浮き立って、落ち着かない。
ちらりと皐月を見ると、格子窓から見える夜空に浮かんだ満月を眺めていた。
葵を腕に抱えたまま、器用に自分の着ていた薄紫色の羽織りを脱ぎ始める。
彼は一体、何を始めるのだろう。
じっとその様子を目で追っていた葵だったが。
突如、ぴしりとまるで石になったかのように硬直してしまった。
(────え?)
ふわりと皐月の腕の動きに合わせて靡いた羽織り。
自然と目で追っていたそれが辿り着いた先は、葵の体だった。
「体を冷やすとだめだぞ、葵」
ぽんぽんと軽く羽織りの上から体を叩き、くすりと淡く笑う。
そして、そのまま伸ばされた皐月の手が葵の頭を撫でた。
それはまるで、小さなか弱い生き物を慈しむかのような優しい手つき。
硬直して動けずにいる葵を確かめて、皐月はゆっくりと床に横たえてくれた。
「あの……皐月様……」
どうして、そんなにも気にかけてくださるのですか。
そう聞きたくて、葵は皐月をそっと呼んでみたのに。
喉に詰まって言えない言葉は、やがて葵の胸の内に消えてしまう。
言葉が詰まった葵の声に気分も害する様子もなく、皐月は笑みのままで首を傾げてみせた。
「どうした、葵?」
「貴方は、繧霞様の御子様だったのですね……
御子様がいらっしゃるとは、初めて知りました」
あぁ、言いたいのはそれではないのに。
もどかしく思いながらも、葵は床に寝たままで皐月を見上げた。
本音を隠すために出てきた言葉だったけれど、考えてみれば確かに。
今まで、繧霞に息子がいるとは知らなかった。
この紫龍神社には祭壇に奉られた繧霞。
彼は、贄の儀式以外の話はまるでしなかった。
世話をしてくれる老婆も、そんな話は口にしたこともない。
そして、巫女である葵が繧霞と会うのは、魂を捧げる儀式の時のみ。
繧霞を知る機会など、ないに等しかったのだ。
「……父がすまないな、葵」
ぼんやりと上の空だった葵に突然囁かれた、穏やかな声。
しかし、葵は皐月がどうして謝るのか理解出来ない。
ひとしきり考えた後で、葵は素直に首を傾げてみせた。
「どうして、皐月様が謝られるのですか?」
「父が、お前に魂を捧げる儀式を強要しているのだろう?」
皐月のその言葉に、葵は思わず驚いてしまった。
どうして、強要だと思うのか。
これは、契約であり、この社の巫女の定めであるはず。
それなのに、皐月は。
葵を気遣う優しい声に言葉を与えてくれる。
けれども、今まで一度も誰からも与えて貰えなかったそれらは、葵には馴染みがないもので。
どうしてだろう。
心の奥がそわそわと浮き立って、落ち着かない。
ちらりと皐月を見ると、格子窓から見える夜空に浮かんだ満月を眺めていた。