龍の神に愛されて~龍神様が溺愛するのは、清き乙女~
「……どうした、絢嶺?」


背後から聞こえてきたその声は、きっと皐月のものだ。

振り返ると、やはり皐月が不思議そうに首を傾げて立っていた。 


「お帰りなさい、兄上」

「た、ただいま……」


疲れた顔をしている絢嶺に、皐月は戸惑いながらそう返す。

そんな皐月をしばらく見つめ、絢嶺はそっと口を開いた。


「父上が呼んでますよ。
先ほど、ものすごい形相で私のところへ来ましたから」

「……外出したのがわかってしまったか。
あの地獄耳親父め、敏すぎる」

「耳で悟っているわけではないでしょう、兄上……」


絢嶺の呆れたような言葉に、皐月は顎に手を添えて呟く。

本当ならば、わからない方がいい。

しかし、この狭い社の中で一緒に暮らしているのだ。

わからない方がおかしいだろう。


「わかった、行ってくる」


皐月は頷き、絢嶺に背中を向ける。

絢嶺の部屋と本殿を繋ぐ廊下を歩きながら、皐月は大きなため息を吐いた。

外出を禁止されたら、今夜葵に会いに行けなくなる。

行くと約束しているのに。

それに、皐月自身が葵に会えないのが寂しいのだ。

さて、どうしたものやら。

皐月はやれやれといった風情で首を振りながら廊下を歩いた。

少し歩いた先に、やがて本殿の入り口が見えてくる。

皐月は、その入り口から中をそっと覗いた。

中には、繧霞がいる。


「……どうしようか」


このまま逃げてしまおうか。

いや、でも。

このまま逃げたら、絢嶺が一人置き去りになってしまう。

それだけは、ダメだ。

絢嶺は、皐月にとって大切な弟だ。

置いてなんて、行けるわけない。

そう考えていた時だった。


「何をしている?
早く入れ、皐月」


怒りを含む低い声で、繧霞が皐月に言う。

来たのがわかっているのなら、きっと逃げても無駄だ。

皐月は逃げる事を諦め、本殿へ足を踏み入れた。
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