龍の神に愛されて~龍神様が溺愛するのは、清き乙女~
「とりあえず、文だけはしたためて下さいね、兄上」


絢嶺はため息を吐きながら皐月に言う。

皐月に言われた通り、巫女に会いに行くのは構わない。

だが、絢嶺は皐月の弟とはいえ、初対面だ。

門前払いされる可能性もある。

そうなると、たとえ絢嶺が強い神経を持っていても、さすがに心が折れる。


「わかった、ちょっと待ってろ」


皐月は頷いて部屋の隅の机に向かい、筆を手に持つ。

そして、急いで文をしたためて絢嶺に差し出した。


「巫女の名は葵。
開かずの間で待っているはずだ」

「はい、わかりました」


皐月から差し出された文を受け取り、大きく頷く。

文を懐に忍ばせ、絢嶺はその場に立ち上がった。


「ちょっと待て、絢嶺」


部屋を出ようとした絢嶺を、皐月が引き止める。

皐月の真剣な声に絢嶺は立ち止まり、振り返った。


「兄上……?」

「お前、緋月という男を知ってるか?」

「緋月?」


絢嶺は、首を傾げて繰り返す。

そんな絢嶺に、皐月は小さく頷く。

ここからはあまり出ない絢嶺。

他の神との付き合いもない。


「いえ、知りませんが……」

「……そうか」


更に深く首を傾げた絢嶺に、皐月は小さく呟いた。


「緋月という方がどうかしたのですか?」


気になり、聞いてみる。

しかし、皐月は腕を組み、俯いて沈黙で返されてしまった。


「兄上?」


再び兄を呼ぶ。

すると、皐月は頭を振り、絢嶺に笑顔を見せた。


「何でもない。
それよりも、文をくれぐれも頼んだぞ」

「はい」


絢嶺は皐月に頷く。

しかし、やはり気になる。

いつもなら、皐月は絢嶺には隠し事はしないはずだから。

何でも思った事は口に出す性格だし。

そんなにも、言えない事なのだろうか。

絢嶺は首を傾げながらも、部屋の入り口へと歩く。

そして、皐月を振り返った。


「では、行ってきます。
父上の事は頼みますよ、兄上」

「あぁ、大丈夫だ。
安心して行ってこい」


互いに頷きあい、絢嶺は部屋を出ていった。


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