私は彼のことが苦手です。
定時を過ぎ湊真がオフィスに戻ってきたのを見計らって、私はパソコンのキーボードを打ち込む手を止め、立ち上がった。
湊真のデスクに向かい、オフィス仕様の笑みを浮かべ挨拶をする。
「高宮さん。お疲れ様です」
バッグの中の資料を取り出そうとしていた湊真はその手を止め、オフィスチェアを少し動かして私の方に体を向ける。
そしていつもと同じように、オフィス仕様の穏やかな笑みを私に向けてきた。
「お疲れ様。野瀬さん。どうかした?」
「部長から柚館(ゆずたち)大学病院の勉強会に関してお聞きしました」
「あぁ。ということは、引き受けてくれるってことかな。良かった。野瀬さんがいるとすごく助かるよ」
「高宮さんのサポートを精一杯勤めさせていただきますね」
「ありがとう」
周りから見ればスムーズかつ穏やかなやり取りに見えただろう。
でも真実はそうではない。
私にとっては「嫌がらせに受けて立つわよ!」という心情だったし、湊真にとっては「さっさと負けを認めてくれて助かるよ。せいぜい俺のために働けよ」という心情だったはずだ。
ほんっと、タヌキなんだから!
引きつりそうになる頬に叱咤激励をしながら、私は勉強会までに準備しておくべきことを湊真に細かく聞き始めた。