私は彼のことが苦手です。
3.甘えさせて?
***
「楓花」と呼ぶ甘い声が頭から離れてくれない。
彼の声は付き合っていた8年前よりも甘く、深さを増していて。
もう彼からは逃れられないと思った。
聞き慣れないアラーム音が鳴り響き、私は目を覚ました。
目に映るのは自分の部屋でない光景。
湊真の部屋で一夜を過ごしたんだと、体と脳が思い出す。
アラーム音が鳴り止むのと同時に、私はだるさを覚えた体を起こした。
すでに湊真は私の隣にはいなくて、どんな顔をして湊真に会えばいいんだろうと思いながらベッドルームを出ると、そこにも湊真の姿はなかった。
「……湊真?」
しんとした部屋に私の声が浮かび上がる。
私が求めている声は応えてくれず不安になりながらリビングの真ん中に向かって歩みを進めると、テーブルの上に乗っているメモを見つけた。
手に取って見てみると、そこに書かれてあったのは「おはよう」という挨拶と、先に仕事に行くという内容。
「……あ、そっか。今日って遠方だったっけ……」
数日前に確認した予定表でたまたま湊真の欄が目に入り、大きな勉強会の次の日に遠方への訪問だなんて大変だな、と思っていたことを思い出す。
それであれば、今日はもう、湊真には会わないことになりそうだ。きっと直行直帰になるだろうから。
安堵の気持ちなのか寂しいという気持ちなのかわからないけれど、私からひとつ、ため息が溢れた。