私は彼のことが苦手です。
 


「……何でまだいるんだよ」

「あ、おかえりなさい」

「……ただいま……ってそうじゃなくて」


オフィスの扉が開いたと思えば、そこには驚きを隠せない表情を浮かべた湊真が立っていた。

現在、夜の10時過ぎ。他の同僚はとっくに退社している。

湊真はおそらく今まで外回りをしていて、ここに戻ってきたというところだろう。

病院の診察やその他諸々の仕事が終わってから来て欲しいと言ってくる医者もいるらしいから。

普段であれば私はこんな時間までオフィスにいることはないから、湊真がそんな表情を浮かべる理由もわかる。

でも私は気付かないふりをして、湊真に話し掛ける。


「今朝ご連絡した件で、サーバーにも上げてますけど、研究開発の方にも意見や確認をもらったりもしてます。あともう少しだけまとめておきたいものがあるので、それもあわせて高宮さんがまとめていた資料をまとめれば、何とか形にできると思います」


さすがに研究開発の社員ほどの知識はないけれど、今日ほど、薬剤師の資格を持っていて良かったと思ったことはない。

勉強しているからこそ理解できることも多かった気がする。


「頼んだ資料のまとめだけで良かったのに」

「頼まれた分はちゃんとまとめてます。あとは私の独断でまとめたものですけど、資料としては使えるものだと思います」

「……そういうことじゃなくて、……いや、すごく助かる。ありがとう」

「いえ」


反論するのも面倒になったのか、気が抜けたように湊真は息をつき、自分のデスクに座り込んだ。

こんな姿は普段オフィスでは見せないから、やっぱり疲れているんだろうなと思う。

私は打ち込んでいた文書を保存し、デスクの脇に置いていたファイルを腕に抱え、湊真のデスクに向かう。

今は見る気力はないかもしれないけど、少しでも役立ててもらえればと、重要な部分に印をつけた資料。


「これも使えるかもしれないので、渡しておきます」

「……さすが、野瀬さんだな」

「褒めても何も出ませんけどね」

「これだけで十分だよ。野瀬さんがまとめた資料すごく見やすいから、いつも助かってるんだ」


湊真の褒め言葉に、そんな風に思っていてくれたんだと嬉しさが湧いてくる。

それに湊真は笑ってくれていて。少しだけ安心したけど、無理に笑ってなければいいと思う。


「高宮さん、昨日からほとんど寝てないんでしょう? 今日はちゃんと帰って寝てください」

「うん。ありがとな」


状況は大きく違うけど、昨日湊真から言われた言葉を言い返すと、湊真は素直に頷いてくれた。
 
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