私は彼のことが苦手です。
 
**

週末の夕方。

無理難題を出してきた医師を訪問していた湊真から、「資料を提出し、今後もうちの医薬品を取り扱うという返事をもらった」という連絡が部長に入ってきた。

部長にそのことを聞いた瞬間、私は自分のことのように嬉しくて、朝から落ち着かない気持ちを持っていたけど、ようやく一安心できた。

湊真も安心しただろうし、これでやっとゆっくり休んでもらえる。

そう安堵する反面、湊真とちゃんと話す時が来たんだと、不安な気持ちが私の心の中をいっぱいにしていく。

仕事が落ち着いたら、湊真に会ってちゃんと話そうと私は決めていた。

「あの夜のことは忘れよう」という言葉を、ちゃんと言わなきゃいけない時がそこまできている。




「戻りました」

「おっ、高宮! 久しぶり!」


定時を30分ほど過ぎた頃。

オフィスに入ってきた湊真に向かって発せられた涼木(すずき)さんの声がオフィス内に響く。

涼木さんは他の支店のMRで、湊真が以前いた支店の人だという。

湊真とも仲が良かったらしく湊真が戻ってくるまで待つと、今の今まで涼木さんは内勤のMRと情報交換をしていたのだ。

よく通る涼木さんの声にオフィスにいたみんなが反応し、湊真と涼木さんに注目する。


「あれ、涼木さん。お久しぶりです。こちらにいらしてたんですか?」

「あぁ。出張でな」


昨日とは違い湊真には疲れた様子は見られなくて、いつもと同じ様子。

解放感がそうさせるのか、同僚や涼木さんの目があるからそうさせるのかはわからないけれど。

でもきっと昨日もあまり寝れなかっただろうし、疲れは溜まっているはずだ。

湊真は自分のデスクに資料などの荷物を置き、涼木さんのいる場所に向かい、話し始める。

湊真の笑顔を見れたことに安心し、仕事に戻ろうとした時だった。
 
< 29 / 39 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop