私は彼のことが苦手です。
*
その夜、日付がもうすぐ変わるという時間に湊真から電話がかかってきた。
あの後、涼木さんや他のMR数人と飲みに行って帰ってきたところだったようで「今から会いたい」と言われたけれど、私は「会わない」と間髪入れず断った。
心が落ち着くまでは何を言ってしまうかわからないから、顔を合わせたくない。
そう思っていたけど、同じマンション、同じ会社に勤めていて、顔を一切合わせないようにすることなんて無理なことで。
土曜日の夕方、買い物に行こうと部屋を出て鍵をかけて振り返った瞬間、私の目に映ったのは、いつからそこにいたのか休日仕様のラフな格好をした湊真だった。
私が出てきたことに気付いた湊真には安堵した表情が浮かんでいて、それを見た瞬間、考えが甘い自分を恨んだ。
しまった……。昨日、買い物しておけば良かった……。
後悔先に立たず。
でもどうせ明後日にはオフィスで会うことになるし顔を合わせるのは避けられないのだとすぐに諦め、私はエレベーターホールのある湊真のいる方向に歩き出した。
湊真と目を逸らしたままの私に向かって、湊真が話し掛けてくる。
「やっと顔見れた。避けるなよ。傷付くだろ?」
「……ストーカーですか?」
「そんなところかもな」
「……認めないでよ。暇人」
ストーカー発言を認めた湊真に呆れ、つい湊真の前で立ち止まって湊真を見上げてしまった時、湊真がすかさず私の腕を掴み、表情を引き締めて見下ろしてきた。
「ストーカーでも暇人でも何でもいい。楓花と話がしたい」
「……買い物に行きたいので、5秒以内でお願いします。逃げないから手も離して」
湊真の表情と視線は私の心臓を跳ねさせるには十分なものだったけど、溢れてきそうになる気持ちを抑えつけ、あしらう態度を取った。
湊真が言いたいことはきっと、5秒で話せるほど簡単なものではないはず。何だかんだと言い訳をしてくるんだろう。
でもそんなの、今は冷静に聞けない。きっと取り乱してしまう。
今の私は湊真の話を聞く気がないんだと、いい加減気付いて諦めてほしい。