私は彼のことが苦手です。
***
私には、大切な人がいる。
「……私、あの人苦手。」
「だから、どうして? 高宮さん、素敵じゃない!」
「……うーん。やっぱり苦手なんだよねー。高宮さんって、すっごい苦手」
「野瀬さん。おはよう」
「え?」
「ひっ!」
再び私が苦手だと強調した瞬間に名前を呼ばれた私は、声の方を振り向いた。
私と美紗子の背後から声を掛けてきた人物を見上げると、そこにはやわらかい笑みを浮かべた、まさに今話題に上がっていた彼がいた。
美紗子が息をのんで言葉を失っている様子を感じながら、私は何事もなかったように彼に笑顔を向ける。
「おはようございます。高宮さん。どうかされました?」
「お話中、ごめんな? この付箋がついてるところ、今日中に概要をまとめておいてもらえるかな」
目の前に差し出されたのは幅1センチほどある英文で書かれた薬剤に関する論文資料。
差し出された資料を私は丁寧に両手で受け取り、頷く。
「わかりました。まとめておきますね」
「ありがとう。助かるよ」
湊真が私に笑いかけた瞬間、美紗子が私の手を指差した。