私は彼のことが苦手です。
「元カレに向かって酷すぎない?」
高宮さん……湊真(そうま)が元カレだから。
別れを経験したというのに、一切気まずさのない接し方をされると、逆に戸惑ってしまう。
真っ直ぐ私を見てくるその瞳は昔と変わらず漆黒に包まれていて、どうにも目が離せない。
怯みそうになる気持ちを必死に堪えて、私は負けじと湊真の目を見ながら唇の端を小さく上げて口を開いた。
「……別に、私に何を言われようと、痛くも痒くもないでしょ?」
「何で」
「何で、って」
理由なんて、簡単だ。
私はその理由を示すために、シンプルな紺色のストライプのネクタイを緩めている、彼の骨張った手に目線を落とす。
そこに光るのは、プラチナの指輪。
「あなたは結婚してるんだから」
「あぁ、これな」
いとおしそうに零れる笑みを私は見逃さなかった。
そう。湊真は結婚している。もちろんそれは私ではなく、別の人。
詳しく聞こうとは思わないけど美紗子から聞いた話では、いずれ戻るからと奥さんを以前いた場所に残したまま、湊真は単身でこちらに来ているという。
確かに結婚していることを知った時に驚いてしまったのは事実だけど、それ以上のことを知ろうとは思わなかった。
ただ、「結婚されたんですね。おめでとうございます」と笑顔で伝えただけ。
それに対して、「野瀬さんは……まだみたいだね」と嫌みにしか聞こえない言葉を言われたけれど。
「元カノなんかに構ってたら奥さんが不安に思いますよ? 私が近付かない方が平和なんじゃないですか? ということで、失礼します」
頭を下げて挨拶をし、湊真に背を向ける。
私だって面倒なことに巻き込まれるのはごめんだ。
別れてからもう何年も経つというのに、今更再会しても困るだけ。
それなのに、わざわざ再会させるなんて神様は意地悪だと思う。