呼吸(いき)するように愛してる
「美羽がお風呂に入ってる間に、匠くん本人が、届けてくれたの」

お母さんに手渡されたのは、赤いバラの小さな花束。

私はとっさに玄関に向かおうとしたが、お母さんに止められた。

「匠くんは、もういないわよ!…最近忙しくて、なかなか花束を頼めなかったんだって。今日、仕事でたまたまこっちに来たから、美羽に小さな花束だけど、届けに来たって。明日も仕事だから、実家にも寄らず、すぐに帰るって……」

お母さんの言葉を聞きながら、私はとても残念で……

花束よりも、直接、匠くんに会いたかった!ちょっとでもいいから、顔が見たかった……

手にしていた赤いバラの花束を見る。

濃赤のバラはきれいに咲いていて、バラは三本だけの花束だったけど、ハッ!とするような気品と美しさがあり、存在感は充分だ。

そのバラからは、強さとか熱を感じて惹きつけられるのに、バラをくれた匠くんの想いは、全然わからない。

そもそも、私が考えるような“想い”なんて、匠くんにはないのだろうけど……

待っていた物が、大好きな人の手によって届けられたはずなのに、私は、ただただ寂しかった。

匠くん、会いたいよ・・・



*****



短大を卒業して、私は事務用品・文房具を扱う(有)フジノという会社に就職した。

社長まで含めても、社員数十人にも満たない、小さな会社だ。会社の雰囲気が、妙にほんわかとしていて、私にピッタリだと思った。

就職先を決める時、実は『四つ葉銀行』の事も頭を過った。

すると、私の思いを読み取ったように、お姉ちゃんに反対された。

「いくら匠くんがいても、美羽に銀行員は、向いてないと思う!」

そう、はっきり言われてしまっては……

結局、迷っているうちに、そのタイミングを逃してしまった。

でも、これでよかったと思っている。

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