ごめんね、キミが好きです。~あと0.5ミリ、届かない想い~
「すげえ、こんなの久しぶりだ! もうずっと長いこと、まともな会話なんかできなかったのに!」

 興奮した坂井君が、「録画!」と言いながら大慌てでスマホを取り出して操作する。

 その様子を不思議そうに眺めていたばあちゃんは、坂井君の隣にいるあたしの存在にも気がついたようで、声をかけてきた。

「あれまぁ、叶も来てたんか?」

「……えっ?」

「叶、あんた最近、顔出さねぇでどうしたの? 元気でやってたか?」

 ばあちゃんは皺だらけの目尻を緩め、あたしを見ながら「叶、叶」と嬉しそうに呼び続ける。

 それにどう反応すればいいかわからなくて、あたしも坂井君も顔を見合わせて黙ったままだ。

 単純に、坂井君の隣にいる人物のことを、叶さんだと認識しているだけだと思うけど……。

「叶、あんたばあちゃんに、なんか言いたいことがあるから来たんだべ? 遠慮しねぇで言ってごらん?」

 こちらの困惑など、どこ吹く風のニコニコ顔でそんなことを言い出されて、さらに面食らってしまう。

 ばあちゃんは、自分の孫と赤の他人の女の子の区別もつかないほど衰えた状態なのに、まったく邪気のない純粋な笑顔を見ていたら、なんだかこの人はすべてを理解しているんじゃないか?って気がした。

「え? なんで……わかるんですか?」

「なんでって、そりゃあんた」

 思わず真面目に聞き返してしまったあたしに対して、ばあちゃんは、しゃがれた声で笑いながら言った。


「そんなもん、あんたの目ぇ見りゃすぐわかる」


その言葉を聞いた途端、あたしの胸の奥がドンっと音をたてて、全身に潮が満ちるような激しい感情が押し寄せる。

 泣く寸前だったあたしの目から、ついに燃えるような熱い涙が迸った。

 これは叶さんの記憶であって、あたしのものじゃないとか、あたしに泣く権利はないとか、そんなものはばあちゃんの笑顔と言葉の前に何の意味もなさなくて、粉微塵になって吹き飛んでしまった。

 こんな感情、とても我慢なんかできない。

 左目からも、右目からも、蛇口から流れる水みたいに涙が溢れて、鼻の奥がジンジン痺れて湿って、息もできない。

 幼い頃からの、叶さんとおばあちゃんとの数えきれない大切な記憶が、雪崩のように脳裏に押し寄せてくる。

 優しい子守唄の記憶。強く抱きしめてくれた記憶。帰り道に手を繋いだ温かい記憶。

 なにがあろうと消すことのできない、その愛しい記憶のひとつひとつが涙となって、溢れて溢れて、止まらない。
< 153 / 173 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop