ごめんね、キミが好きです。~あと0.5ミリ、届かない想い~
「坂井君」

「……あ、悪りぃ」

「ううん。いいけど、どうかした?」

「うん、ちょっとな」

 坂井君はそれしか言わなかったけど、河を眺める目つきを見れば、わかる。

 きっとまたお兄さんのことを思い出しているんだ。

 ふたりはこの町で生まれ育った兄弟だから、町中、いたる所に思い出が詰まっているのだろう。

 坂井君は、よくあちこちで、いつもお兄さんを探すような目で町を眺めていた。

 でも最近、ただ悲しそうに何かを探し求め続けていた彼の瞳の奥に、静かな落ち着きが見えるようにもなってきた。

 時が経って、ほんの少しだけ、坂井君の心境にも変化が訪れ始めているのかもしれない。

 だから……もう、伝えてもいいのかもしれない。

 お兄さんが、夢の中で坂井君に告げたかった言葉を……。

 実はあれからずっとあたしは、坂井君に叶さんの言葉を告げることができないでいた。

 兄を求める寂しい目をした彼に、あの言葉を告げるのはどうしても、ためらわれたから。

 それがずっとずっと心に引っ掛かっていたのだけれど、ようやく、その時期がきたんだろうか……?

 そんな心の問いに答えるように、急に左目がジンジンと熱く疼き出して、あたしはそっと左目に手を添えて目を閉じる。

 ……やっぱり、そうなんだね? その時がきちゃったんだね。叶さん……。

 あたしは大きく息を吐き出し、左目から手を降ろして、密かな覚悟と寂しさを胸に坂井君に声をかけた。

「坂井君」

「ん? なに?」

「あのね、伝えたい言葉があるんだ」

 それだけで、彼には通じたようだった。

 坂井君は河へ向けていた顔をゆっくりとあたしに向けて、少しだけ間を置いてから、聞いてきた。

「……どんな?」

 あたしはそんな彼の目を真っ直ぐ見つめながら、長い間胸の奥に仕舞い続けてきた言葉を、ようやく彼に捧げる。


『さようなら。どうか、幸せに』

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