イジワル副社長に拾われました。
「美容師の男性と、料理教室の女性の恋物語ですよね。すごく素敵なお話でした」

「それねぇ、康太郎くんとさゆりちゃんの出会いを少し、参考にさせてもらったんだよ」

「お義父さん、少しですか? 当事者としては、結構実際の出来事書かれてあると思いますけど」

「そうだったかな?」

ちょっとだけ意地悪な目で笑いかける康太郎さんの視線にも、航さんのお父さんはまったく動じず、ニコニコと微笑むだけ。

「あれ?」

ふたりの話に違和感を感じ、思わず声を上げると、みんなの視線が私に集まってしまった。

「どうした、琴乃」

「康太郎さん、美容師だったんですか?」

「うん。さゆりはお客様でね。それで知り合ったんだ。香月に入ったのは結婚が決まった後。跡を継ごうと思ってるって話す、航の力に少しでもなれればなと思って、アーティスト部に入れてもらったんだ」

自分の話題が出てきて少し照れくさいのか、航さんは頭をポリッとかいている。

そして小さく、「トイレ」とつぶやくと、リビングを出ていってしまった。

「航は、生まれたときから将来決められてたようなものだから」

航さんと入れ替わるようにリビングへ入ってきたさゆりさんが、少しだけ寂しそうな顔で話し出す。

「創業者である祖父が、航が物心ついた頃から『航に会社を継がせたい』って言っていてね。あの子もおじいちゃん子だったから、祖父の夢を叶えてあげたいって強く思ったみたい。両親は特に強制もしてなかったんだけど、中学に上がる頃には『香月に入って、会社を守る』ってみんなに宣言してたの」

「そうだったんですか」

「私は逆に自分のやりたいことをさせてもらってるから、なんだか申し訳なく思うこともあるんだ」

「何言ってるんだ。航くんは自分で選んでこの道を進んでいるんだから、家族としては力いっぱい応援してあげるのが一番なんだよ」

航さんのお父さんの言葉に、康太郎さんも力強くうなずく。

「……そうね。最終的には航が決めた道だもの。そんな風に思ってちゃダメよね」

そう言って優しく笑うさゆりさん。

少しの沈黙が流れた後、玄関から「ただいまー」という声が聞こえてきた。

「あ。百合子ちゃん帰ってきたー」

「ゆりこちゃーん」

柊くんと蓮くんが、ニコニコと玄関へと走っていく。

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