「君」がいるから【Ansyalシリーズ ファンside】
18.レッスン×バイト×レッスン
「有難うございます。
またお越しくださいませ」
ぺこりとお辞儀をしてお客様を見送る。
夏休み、自分の相棒を手に入れたくて学院に内緒で、
紗雪と祐未と一緒に喫茶店で人生初めてのアルバイト。
せっかくの相棒、自分のお小遣いで連れて帰りたいもん。
70万も80万も気の遠くなる金額だけど、
少しでも近づけるように頑張りたい。
実家からは「夏休みくらい帰ってらっしゃい」って言われたけど、
今の私にとっては、あの家も自分のストレスが溜まる場所だから、
距離をとって自分を守ることを優先した。
『学校の自主補講と部活が忙しいから』っと両親には伝えて。
でも実際はバイトと楽器のレッスン、そして病院と、お見舞い。
それでも私の人生史上、初めての慌ただしいスケジュールの夏休みになってた。
8時から15時まで入ってたバイトを上がって今度は18時にスタジオで待ち合わせして別行動。
とりあえず15時半に予約を取っているから今日もバイト先から大学付属病院へと向かう。
予約してる時に間違えないように行かないと、
主治医が外来をしているとは限らないのが大学病院の大変なところ。
バイト先からバスに飛び乗って大学病院前の駅まで向かうと、
そのまま診察カードを端末にかざしていつもの様に精神科の診察室がある方へと向かう。
受付表を窓口で出して待合室でソファーに腰掛けて待つ間、
耳に届くのはストリングスやピアノで演奏されたバッハの名曲たち。
建物の中はクーラが入ってて涼しいのに窓の外から差し込んでくる日差しは強い。
ちょっぴり睡魔連れてくるゆったりとした空間に、
思わず欠伸をしながら目を閉じる。
目を閉じながら、脳内に思い浮かべるのはギターのネックと弦。
Ansyalをすぐに演奏するなんてまだ早いけど、
とりあえず有名な曲のコードを抑える練習から。
えっと……ハッピーバースデー。
確か使うコードは、C・G・Dだったはず。
Cが2弦の1フレットを人差し指で、
こうやって抑えるんだったよね。
それで……Gが1弦の3フレットを小指か薬指で押さえる。
うーん、イメージだけで手は空中を浮遊してるけど実際に抑えられるのかな?
最後のDは……あれ?
Dってどうやって抑えるんだった?
まだまだ先が長そうな前途多難なギター入門。
首をかしげている間にも私の診察時間は訪れてピンポーンっと言うコールの後、
受付番号が診察室の前に表示される。