「君」がいるから【Ansyalシリーズ ファンside】 


「えっと……あの……」

「何?」

「あのLIVEの日、凄い人にスタイリングして貰ってたんですね」
 

必死に紡げた言葉は、これっぽっち。
だけどそれでも私には精一杯。


「Ansyalのスタイリストをしてるから凄いとか、
 そんな上辺だけの評価なら私には不要よ。

 私に必要なのは貴方自身が気に入ってくれるかどうかってこと」

「あっ……、ごっ、ごめんなさい……」


怒らせちゃった……。

どうしよう……。
 

「里桜奈、こっちおいで。

 優歩はそれだけプロ意識が強いってこと。
 Ansyalがってわけじゃなくて優歩だから、俺も頼んでるっとこと。

 って里桜奈、まだ気が付かない?
 俺の髪」


そう言われて、恐る恐る楓我さんの髪の方に視線を向ける。


「あっ……髪型違ってる」

「違ってるって、そりゃ今、優歩にカットして貰ったから。

 美容室に行くにも許可がなかなか出ないから、
 電話一本で、幼馴染召喚した。
 そういうこと」

「ったく、楓我。

 貴重な私の休憩時間、楓我に提供したんだから
 退院したら、がっつり奢ってもらうわよ。

 今度は早めに連絡くれると調整しやすいわ。
 里桜奈ちゃん貴女も来るならいらっしゃい。

 Ansyalをはずしても私のスタイリングを気に入ったって思ってくれるなら」


そう言って優歩さんは、鞄の中から名刺ケースを取り出して私の方に名刺を一枚差し出した。


「これ、私の連絡先。
 楓我の相談でもなんでものってあげるわ。

 楓我の昔の写真も含めて、提供はOKよ。

 里桜奈ですって、電話に出たスタッフに伝えて貰ったらわかるようにしておくから。
 ギター、頑張って」


そう言うと余裕たっぷりの、優歩さんは嵐のように病室を去って行った。
ドアが閉まったのを確認して、腕時計に視線を向けると17時前。



もうすぐ楓我さん、夕食の時間だ……。




「里桜奈、こっちおいで」


ベッドの上をトントンと叩いて私を座るように促す。
促されるままに、ゆっくりと歩み寄ってチョコンと腰掛ける。




「びっくりさせてごめんね。
 台風みたいだけど、いい奴だから。

 アイツにスタイリングとかメイクとか教えて貰ったら、
 里桜奈ももっともっと、自分らしさに気が付けるよ」

「自分らしさ?」

「そう。

 里桜奈が、忘れてしまった時間って言うのかな?
 宝物みたいなもの。

 さて、夕飯前だしそんなに時間ないかな」



そう言いながらベッドサイドに立てかけてあるギターケースに手を伸ばす。

楓我さんが手を伸ばしたその取っ手を私も慌てて掴むと一緒に引き上げて、
今度は私一人でベッドの上に置くと、カチャリとロックをはずしてゆっくりと開く。


姿を見せた楓我さんの愛器。


「んじゃ、里桜奈。
 やってみて」


手渡されたギターを構えて順番にコードを抑えていく。


C・G・D。


脳内ギターじゃなくて実際の弦を抑えながら奏でる音。


Dも裕先生に書いてもらったように押さえたら、
ちゃんと音が鳴ってくれた。


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