こちふかば
アキクニは意を決したようにカガミを真っ直ぐ見つめた。
「そういう事なら、俺の妻になってくれ」
一瞬、たじろいだカガミは、すぐに穏やかな笑みを浮かべて静かに問いかけた。
「人の身となったあなたにとって、それが何を意味するかわかっておいででしょう?」
「あぁ、スサカガミヒメへの誓約と受け取ってもらってかまわない」
人と神との間で交わされる約束は誓約となり、違たがえれば人は手痛い罰を食らう。婚姻も誓約に含まれるのだ。
「本当によろしいのですか? あなたの子孫にまで及ぶ事ですよ」
「かまわない」
迷う事なくアキクニは即答する。カガミは微笑んで右手を差し出した。アキクニがその手を支えるように手の平を合わせる。
「誓約を承りました。あなたにわたくしの力の一部を差し上げます。あの封印となっている水蛇を制御する力です」
カガミの手から流れ出した気は、アキクニの身体をまばゆい光に包んだ。ゆっくりと手を離していくカガミの姿が、光に溶け込むように薄らいでいく。人となったアキクニには、カガミの姿を目にするのはこれでおしまいのようだ。
「カガミ。たとえこの命がついえて記憶もなくしてしまおうとも、俺の魂は永久(とこしえ)にそなたの側にある。五十年に一度、そなたと共に魂を未来に繋いでいこう」
「うれしい……」
満面の笑顔を浮かべて、カガミは光と共にアキクニの前から姿を消した。
雨が止み、日が差す葦原に、温かい東風が吹き抜ける。チリンと鈴の音が響いたような気がした。
(完)