こちふかば
低く垂れ込めた雲がカガミの上空に集まり渦を巻き始める。雷鳴が轟きポツポツと雨が降り始めた。
アキクニは着物の懐から地底の王より授かった妙薬を取り出し口に含んだ。そして、しばし俯き呼吸を整える。
おもむろに顔を上げたアキクニは、天に向かって気を吐き出した。
「はあぁぁーっ!」
アキクニの気合いと共に身体を覆った黒い靄が更に膨れあがり、天に向かってはじき出される。それを見計らってカガミが、伸ばした手の先から気を放った。
「水蛇(みずち)!」
カガミの声に呼応して雷鳴が轟く。渦巻く雲の中心から稲妻と共に真っ白な大蛇が現れた。降りしきる雨の中、大蛇は大きく弧を描きながら、黒い靄を取り囲んでいく。そして徐々に間隔を狭めながら、靄を内側に閉じ込めてグルグルと周りに巻き付いた。
とぐろを巻いた大蛇は、そのまま地響きを立てて芦原に降り立った。すかさずカガミは大蛇に駆け寄る。大蛇はカガミの前に頭を下げた。大蛇の大きな額に人差し指と中指をそろえて当てる。
「封!」
ひときわ大きな雷鳴が轟き、稲妻が大蛇の身体を直撃した。光に覆われた大蛇の身体は、見る見る硬い岩と化していく。上空からカガミの気を含んだ金色の雨が降り注いだ。やがて光が収束すると、そこにはこんもりとした岩山ができていた。
暗雲が散り、雲間から日が差し始める。雨が小降りになってきた。
カガミは葦原に倒れ伏すアキクニの元に駆け寄った。金の雨に打たれ濡れそぼった全身から負の気配は消えている。鬼の角と牙や爪も消えて、初めて会った時の穏やかな横顔が見て取れた。
けれど以前と全く同じではない。カガミには分かっていた。