夏の終わりの失恋歌(恋愛中毒1)
伸彦のアパートに戻ってきた彩華は駐車場に車を置く。

可愛い軽自動車に走って乗り込む女性を見かけた。
同い年くらいだろうか。
朝早くから、元気だなーなんてことを思いながら、伸彦の部屋へと向かう。

呼び鈴を押す。
返事はない。

ドアノブに手をかけると、鍵はかかってなかった。

いや、鍵はかかってないけれど、可愛らしい紙袋がかかっていた。
なんだろう、と、ついでに手に取る。

「ヒコ、無用心じゃない?」

「鍵閉めてて、俺が返事しなかったらお前怒るだろ?」

バスタオルで髪を乾かしながら、伸彦が答える。

「どーゆーイメージよ。
失礼なっ」

「あ、それ。
俺の弁当☆」

伸彦はひょいと手を伸ばして、彩華の手から紙袋を取る。

「なんで、外にお弁当かけておくの?」

「差し入れ差し入れ♪」

軽い調子でそれをテーブルの上に置いた。

「……誰からの?」

「ファンからの」

さくっと返事が返ってきて、彩華は言葉を失った。


もしかしなくても、それは、さっき駐車場で見かけた彼女だろうか?

突拍子もない事態に、頭が上手く回転しない。

「えーっと、ファンとか、いらっしゃるんですか?」
「いらっしゃるみたいですよ」

「どなたですか?」

「不特定多数なので個人は特定できません」


……ふ、ふ、不特定多数から貰うお弁当を食べてんの?
  しかも、外に掛けてあるような?

彩華は目が点になる。

だって、この部屋の状態は確実に「潔癖症」の部類に入るのに。
夕べは確か、ウーロン茶もコップに入れ替えて飲んでなかったっけ?

もしかして、夢だったりする?

寝不足で意識が朦朧としているのかと心配になる。

混乱していると、ふわり、と、頭に真新しいバスタオルが掛けられた。

「シャワー浴びてきな」

「うん」

頷くのが精一杯。

……ヒコってアイドルみたい、じゃなくて、これじゃまるっきりアイドルじゃん?!
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