夏の終わりの失恋歌(恋愛中毒1)
「先輩、また来て下さいね〜♪」

名残惜しそうな声に、にっこり笑って手を振ると、伸彦は店を後にする。
彩華もその背を追った。


「彩ちゃん、鍵」

駐車場で伸彦が手を出す。彩華は、バッグから車のキーを取り出して手渡した。

何するんだろう……なんてことを、思う。
なにせ、伸彦は複数で出かけるときに車の運転をしないことで有名だ。

少なくとも、この1年と数ヶ月、彩華は他人の車を運転している伸彦を見たことがない。
何かの折に、伸彦の車の助手席に乗り込んだことはあるけれども。


なのに、伸彦はさっさと運転席へと乗り込んでいく。
彩華も慌てて助手席に乗った。

「ヒコって、××市の出身?」

と、この海辺の街の地名を言う。

「いや。
俺、品川出身。
高校生のとき、少しここに住んだことはあるけどね」

「ふぅん。知らなかった」

考えてみたら、伸彦のこと何も知らない。
彩華は前を見て運転している伸彦の横顔を見つめた。

「何?」

うーん、そう聞かれると困るんだよね。

「ううん。
ヒコが運転してくれるなんて珍しいと思って」

「感謝しろよ」

その口調は、いつもの俺様的、孤高の猫的口調。

「はぁい。心から感謝します」

だから、彩華もいつもの口調で返事をした。
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