それでもボクはキミを想う

『さぁ、着いたで。』

ボクは車を停めて、ダッシュボードからマジックを取り出すと仕事で要らんようになった紙の裏に、“仮免許練習中”と二枚書いた。

それを車の前後に貼るとキミを運転席に座らせ、ボクは助手席に座りシートベルトを閉めた。

『いつも乗せてもらってるから、助手席に一ノ瀬さんがいるの不思議だね。
ねぇ私、仮免取ったばかりだからびっくりする位下手だよ…覚悟しといてね。』

かなり自信無さげなキミ。

『莉乃ちゃんが下手なんわかった上の事で乗っとるよ。やから練習するんやろ? 』

それにここは今の時間そない車来んとこやから大丈夫や。

『 今からボクは“教官”やで。
ここやったら心配せんでもええから運転することを楽しみ。』

『よろしくお願いします、一ノ瀬教官。』

“了解や”とボクが答えたらキミは車を発進させようと1速にギアを入れかブォン!!と勢いよくアクセル吹かしながらクラッチを繋いだ。

『その吹かしアカンで!
まだどの位までアクセル踏んでクラッチと繋ぐ事、わかってないから、アクセル吹かして誤魔化しとるやろ?
この感じやったらまだエンストしとるなぁ…
坂道発進も苦手やろ?
ギアの繋ぎ方から練習せなあかんなぁ。
よぉ、こんなんで仮免許までいったな…』

ボクの予想通り一から教える事になった。

『自分でもそう思う…
初めての坂道発進で、思いっきり坂からバックで降りてしまって、教官にブレーキ踏まれた…』

『響には教えてもろたことあんの?』

『自分の車は嫌がって絶対に運転させてくれなくて、お父さんの車で一度横に乗ってもらったけど、ATだから縦列駐車ばかり練習したの。』

そら自分の大事な車貸すんは嫌やな…と、ボクもそこは響の気持ち分かるわと思った。

『まぁ、基礎は大事やから気張り。
ほな、少し位擦ってもええからそこに車をギリギリまで寄せて停めてみ?』

これを初めに“一ノ瀬教官”は私に課題を次々と言ってきて、まるでこれまで教習所で習った事の抜き打ちテストの様だった。

取りあえずキミに車を停止させた。

『はい、よぉ出来ました。
練習のかいあって縦列駐車は大丈夫そうやね。
正確なんは、やっぱし響と同じや。』

そない聞いとっても縦列駐車は苦戦するやろなぁと思とったら案外できよった。

これは響に相当仕込まれたんやろな。

『ほなクラッチの繋がるとこから確認していこか。
サイドブレーキをいっぱい引いて、ギアを3速に入れてみ?
そしたら、クラッチをゆっくり離していくんや。
このタコメーター見て…、あっ、タコメーターはこれやで。』

キミはサイドブレーキを思いっきり引くとタコメーター確認しながら恐る恐るクラッチをゆっくり離しよった。

『ほらエンジンの回転数が下がってきたここが“半クラ(半クラッチ)”のとこなんや。
そんでエンジンが止まるとこがクラッチが繋がっとるとこになるんやで。』

初めはエンストしとったけど感覚を覚えようと何回も同じ事を繰り返し、クラッチが上手い事繋げれる様になり“おおっ!!”とキミは感激しとった。
一回繋がったら感覚わかったみたいやった。

『半クラ出来たら、次は“スッ”と上手いこと発進出来る様なろな。
半クラまではアイドリングしてクラッチが繋がるかなぁいうとこで序々にアクセルを踏んでいってみ?』

タイミングおおたとこでボクはサイドブレーキを下ろした。

『ほら、“スウッ”と発進したやろ?
そしたら次な、走っとる時はギアチェンジの後、半クラのとこで一瞬止めてみてトルクが伝わった事わかったら“パン!”と離すみたいな感じでやってみ?
どっちにしてもアクセルはあまり踏まんほうが“ガクンガクン”せぇへんで。
まぁ、とにかく慣れやから何回かやってみ?』

キミは発進してしもたらギアを繋ぐんは意外にも上手かった。

『その調子や、上手いこと繋げれてたら、長いことクラッチも持つし滑らへんから、地味やけど結構大事なんやで。』

しばらくゆっくりその辺の広い道沿いを走っていた。

『そこでひとつ右に車線変更してこの道真っ直ぐ行って橋渡ってな。
今の時間やったら車も少ないから三ノ宮抜けて六甲の方に行こか。』

ポートアイランドから三ノ宮方面に行く為に橋を渡ると神戸の夜景が見えた。

『わぁ~♪教官見て!夜景が綺麗です♪』

『なんや莉乃ちゃん、運転しながら見れるんやったら余裕出てきたなぁ。』

いつも運転しながら見るんと運転してもろて助手席からゆっくり見る景色は何となく違うて見えた。

せっかくの神戸の百万ドルの夜景も世間では真夜中な時間やから消えてる灯りも多いのは残念やけど、綺麗にキラキラと光る灯りの中にボクらは向かって車を走らせて行った。

六甲山山頂の駐車場に車を止め外へ出た。

今度は山の方から海を見下ろす夜景を見た。

静かで少し寒かったけど、周りが暗いから見上げれば空に浮かんだ半月と星屑の中に吸い込まれそうに綺麗で、ちょっと冷たいけど空気も澄んでおり、神戸だけでなく、左側は大阪の風景が関空までも見えて、右側は淡路島や四国の方など遠くまで見えた。

『よぉ気張ったな。
これで少しは免許取るんに近づいたやろ』

私の頭を撫で誉めてくれた。
照れくさいけど嬉しかった。

『ありがとうございました一ノ瀬教官。』

『教官って呼んで貰うんもエエけど、もぉ終わり。』

『ふふっ、また教官になってね?』

『お安いご用や。
莉乃ちゃん、明日は仕事休みやろ?
ボクも久しぶりに一日休みやねん。
このまま遊びに行かへん?』

免許も車も無い私はあれから山にも行けてないけど、響があなたと同じチームに入れて貰えたから私もなんとなく繋がっていれた。

ショップを経営してチームの活動もかなり忙しく休みもままならない貴方は、それでも夜に私の家までたまに会いに来てくれていた。

でもいつもあまり時間無いから車の中で一緒に私が水筒に入れてきた紅茶を飲みながらたわいもない話をしてた位で、知り合ってからまだ一緒に遊びに行ったことはなかった。

だから考えてみればこんなに長い時間一緒にいるのは初めてかも!?

隣を見れば貴方がいる…

私にはそれだけでも嬉しいご褒美だよ。

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