どうしてほしいの、この僕に
「結局、明日香くんは君に嫉妬した、ということだね」
「えっ、今のはそういうことなんですか?」
「君はとてもいい目をしている。誰もが思わず目を留めてしまうほどに」
 ——ほ、本当に!?
 私は驚いて目を丸くした。笠間さんのような有名な俳優に褒められて嬉しくないわけがない。
 目尻の皺が年齢を感じさせるものの、整った顔立ちの笠間さんに見つめられると、一瞬胸がドキッとした。年齢を重ねてにじみ出る色気というのもあるのだな、と思う。
 ぼうっとしかけたそのとき、さらに驚くべき事態が発生した。優輝が私のほうに一歩踏み出し、私の肩の上から笠間さんの手をどけたのだ。
「ここは仕事場です。ナンパするなら別の場所でどうぞ」
 ひやひやしながら隣の笠間さんの顔色を確認すると、意外にも彼は穏やかな笑みを浮かべて目を閉じた。
「これは失礼した」
「いえ、あの、私は全然……」
 反対側の隣で高木さんがフッと笑う。
 目の前の優輝は冷たい視線を私に向けた。
「見学は向こうでお願いします」
 そう言ってスタジオの隅を指さす。照明がついていないので薄暗いが、そこは大道具の置き場らしい。スタッフの姿も見えないから、ここよりは撮影の邪魔をせずにすむかもしれない。
「わかりました」
「あ、未莉ちゃんすまない。向こうで電話してくる」
 携帯電話を手にした高木さんが小走りでドアの向こうに消える。いつの間にか笠間さんはセットの前へ移動していて、優輝と私だけが取り残されてしまった。
「本当に危なっかしくて、見ていられない」
 優輝は小声で叱責するように言った。
 別に私が何かしたわけじゃないのに、なぜ怒られなきゃならないのかわからない。
「私はただここに立っていただけです」
「だから言ってるんだ。突っ立っているだけでトラブルを呼び込むなんて、ある意味すごい才能だよ」
「お褒めにあずかり光栄です」
 唇を突き出してフンとそっぽを向いた。それから早足で薄暗いスタジオの隅へ向かう。
 そっか。優輝が朝から機嫌が悪かったのは、私の見学を快く思っていなかったから、か。なんだかんだ言っても明日香さんとベタベタしたかったってことなのね。男なんてそんなものだ。
 どうせ私は生意気な顔をした女ですよ。かわいげなど欠片も持ち合わせていませんよ。ついでにお邪魔虫ですよーだ!
 惨めな気持ちで勢いよく暗がりに進む。
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