どうしてほしいの、この僕に
 そのとき何かが足に引っかかった。
 あっと思った瞬間、ぐらりと頭上で何かが揺れ動き、みしみしと鉄骨が軋む音が私の全身を硬直させた。
「未莉、あぶない! よけろ!」
 ——この声……?
 コードが足に絡みつき、ふわりと体が宙に浮いた。
 まずい。転ぶ。
 とっさに手で受け身を取ったつもりだった。
 何かがタックルするように腰にぶつかってきて、体が予想より遠くへ飛んだ。
 床に激突する直前、目を閉じる。
 まるでコマ送りのように、ひとつひとつの場面がスローモーションに感じられ、プツッと意識が途切れた。
 静寂が私を包む。
 体がひどく重いことに気がついて、目を開く。
 私をかばうように男性が覆いかぶさっていた。彼の下半身は巨大な照明機材に押しつぶされている。
「キャーーー!」
 金属的な悲鳴が自分の頭のてっぺんから発せられていることに気がつき、慌てて手で口を覆うけど、金切り声を止めることができない。
 たくさんの足音が近づいてきて、口々に「うわぁ」とか「大変だ」とか「救急車!」と悲壮感を漂わせたセリフを私たちに投げかけた。
「優輝、大丈夫か?」
 倒れた照明機材の下から引きずり出された男性に西永さんが駆け寄った。私は腰を床に殴打したらしく、立ち上がることがままならない。両手で這うようにして彼らに近づいた。
「未莉ちゃん、けがは?」
「私は大丈夫です。でも、ゆう……、も、守岡さんが」
「足の上に落ちたな。出血はひどくないようだが、骨が折れているかもしれない。でも顔が無傷だったのは不幸中の幸いだな」
 こんなときに顔の心配をしているなんて信じられない。顔だけ無事なら他はどうでもいいのか!?
 とがめるような視線を送ったが、あいにく西永さんは優輝の体を検分するのに忙しく、私の軽蔑のまなざしに気がつくことはなかった。
 それにしても大きい上にかなりの重量がある照明機材の下敷きになったのだ。日々、体を鍛えていても、優輝は生身の人間だ。無傷で済むはずがない。
 私はさらに優輝のそばへとにじり寄る。
「もう少し……」
 まさに蚊の鳴くような声だった。
 優輝の目がうっすらと開く。
「優しく、丁寧に扱ってもらえませんか。あちこち痛いんです」
「おお! 優輝、生きていたか!」
 西永さんが優輝に覆いかぶさるように顔を覗き込んだ。すると優輝がほんの少し眉を寄せる。
< 106 / 232 >

この作品をシェア

pagetop