どうしてほしいの、この僕に
「これが死後の世界なら最悪です。いきなり西永さんの顔のドアップなんて、どんな嫌がらせですか。僕にはそういう趣味はないんで。たとえ死んでも、ね」
「ずいぶん元気そうじゃないか」
 ホッとしたような声で西永さんは答えた。私も優輝の声を聞けたことで、全身のこわばりが解ける。よかった。命に別条はなさそうだ。
 優輝は疲れたようにゆっくりと目を閉じた。
「けがは?」
「そうだな、足の骨折は間違いなさそうだ」
「僕じゃなくて、未莉の」
「あ……」
 突然私の名前が出てきたので驚いた。西永さんはハッとして私を見る。
「未莉ちゃんは、立てるかい?」
「はい」
 そう返事をしたからには、実際に立って見せなければならない。「よっ」と両手を床につき、一旦しゃがんでから手を離す。おそるおそる腰を上げ、膝を伸ばした。
 節々が痛むけど、なんとか立ち上がることに成功する。
「大丈夫で……っ」
「おっと、急に立ち上がったらだめだよ」
 西永さんと優輝を見下ろすようにした途端、頭がふらふらし、上体がぐらりと揺れた。前のめりになった私の腕をつかんで支えてくれたのは高木さんだった。
「とにかくふたりとも病院へ」
 周囲のスタッフが口々にもうすぐ救急車が到着すると教えてくれた。
 また救急車のお世話になるなんて、本当に近頃私の周囲はどうなっているんだろう。しかもあの火事の夜、行き場のない私を受け入れてくれた優輝が、今は大けがをしている。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 私がもっと足元に注意していれば、優輝がこんなけがをすることもなかったはずだ。
 私がもっと気をつけていれば——。

 搬送先の病院で検査を終えた私は、処置中の優輝を高木さんとともに待つことになった。
「未莉ちゃんにけががなくて本当によかった。君に何かあったら俺は紗莉さんに顔向けできない」
 広い待合室にはドリンクサービスがあり、私たちは紙コップで緑茶をすすっている。
 つけっぱなしの大型テレビの前に年老いた老婦人が座っていて、部屋の奥のほうには幼児を連れた家族や、まだ寒い季節だというのに露出度の高い派手な服装の若い女性らがそれぞれテーブルを占領していた。
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