どうしてほしいの、この僕に
 病院という場所の性質か、大人は一様に沈んだ表情をしている。笑顔を浮かべているのは幼い子どもくらいなものだ。そのせいか、待合室全体にどんよりとした空気が満ち、病院特有のツンとしたにおいと相まって、私の気分も低空飛行気味だった。
 こんなとき無理にでも笑えたら、周囲の人を少しでも明るい気持ちにできるのかもしれない。
 でも笑ったところで優輝のけがが軽くなるわけではないのだ、と思い直す。
「……すみません。私のせいです」
 私をかばったから、優輝は負傷したのだ。全治どれくらいなんだろう。今、撮影中のドラマはどうなるのだろう。その次の映画の撮影は——?
 のど元にせり上がってくる後悔や不安を、無理矢理嚥下する。
「もし未莉ちゃんがけがをしていたら、アイツはきっと自分を許さないと思う。だから未莉ちゃんが責任を感じる必要はないよ」
「そういうわけには……」
「ま、案外なんとかなるもんだ」
「え?」
 力強い高木さんの言葉に私は目を瞠る。
「未莉ちゃんは責任感の強い、優しい女の子だから、アイツの仕事はどうなるのか、なんて心配をしているんだろう。違う?」
「責任感も強くないし、冷たい人間ですが、心配は……しています」
 私は正直に答えた。
 高木さんが小さく頷いてくれる。
「でも人生には、なるようにしかならないこともある。まず、けがを治さないことには仕事もできない。それに今の仕事がどうなるかは、俺たちが決めることじゃない」
「そう……ですね。なるようにしかなりませんね」
 とはいえ、到底明るい気分にはなれそうにない。両手で包み込むように空の紙コップを持つ。ため息をつきながら、紙コップの底に残った数滴の緑茶をくるくると回してみた。
 会話がとぎれ、沈黙が続く。息苦しさを紛らわすために、緑茶をおかわりしてみる。
 ただ待つというのは苦痛だ。でもこんなの、優輝のけがに比べれば全然大したことはない——そう思うと胸がズキズキと痛んだ。
 隣で高木さんがぐいと緑茶を飲み干し、咳ばらいをした。
「ちょっと、未莉ちゃんに訊いておきたいことがあるんだ」
 ずいぶんあらたまった口調だったので、私は背筋を伸ばして座り直した。
「なんでしょうか?」
「今日の事故の前に、何か気づいたことはなかった?」
 私の表情を見逃すまいとする厳しい目つきに、少し戸惑う。
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