どうしてほしいの、この僕に
 そうだ。優輝と私が同居なんて、ありえない状況だったんだ。
 火事で住む場所がなくなった私を仕方なく——あれ、でも優輝は変なこと言っていたな。
『火事が起きなくても、もう少ししたら未莉はここに来ることになっていたんだ』
 結局いつも彼の言葉ですべてがわからなくなる。最初からピースが欠けているパズルが、どうやったっていつまでも完成しないのと同じだ。
 手がかりは姉のくれたこの雑誌と故郷に行けという大雑把な指示だけ。
 なんとも心許ないけれども、それを頼りに進むしかない。
 たとえそれが知りたくない真実だとしても——。

 故郷の駅に降り立った私は、タイムマシーンで未来へワープしてきたかのような戸惑いと不安を覚えながら駅前通りを歩き始めた。
 まず煤けたクリーム色だった駅舎がガラス張りのキラキラした近未来的な建物に変身していることに驚く。もちろん見覚えのあるビルもある。しかしそれらが記憶よりこじんまりとした外観に見えてしまうのは、学生だった私が大人になったからだろうか。それとも周囲の建物が新しく洗練されたデザインで、どうだとばかりに魅力的な光を発しているからだろうか。
 気後れしながらも1ブロックを進み、目的の有名大型書店の青い看板を見つけた。
 事前に店舗情報を調べてあったから、場所はすぐにわかった。ただその場所には確か以前から書店があったはずだ。歩きながら私は遠い日にもこの道を通って買い物に来たことを思い出していた。
 そうだ、教科書!
 当時通っていた高校の教科書取扱店が、これから向かう場所にあった書店だった。この街では最大の書店で、市内にはいくつか支店もあったはずだ。
 私の出身高校は山奥といっても差し支えないほど不便なところに立っていて、自宅通学時代の私は電車とバスを乗り継いで通っていた。その途中でこの書店にもよく立ち寄った。
 ええと、なんて名前だったかな?
 森田書店——違う、でも『森』はついていた気がする——森永じゃないし、森……森川、森山、森尾……ん、もりお?
 ——もりお……か!?
 店の前まで来て突然閃いた。そう、森岡書店。ここはそういう名の本屋だった。
 入口の自動ドアの前に立つ。
 私の知っている本屋ではない。
 それでも吸い込まれるように店内へ入る。
 書店独特の穏やかな空気に包まれて、私は思わず深呼吸した。
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