どうしてほしいの、この僕に
 まず目についた雑誌が並ぶ棚の前をゆっくり通り過ぎる。それで私はここに来て何をすればいいのでしょう。
 姉はこの書店の存在を教えてくれただけで、具体的にどうすればいいのかは指示してくれなかった。ただ行けばすべての謎が解けるという、それ自体が謎の言葉を残して去るなんて不親切極まりないではないか!
 にわかに場違いな憤りを爆発させそうになったが、女性店員がワゴンを押しながらこちらにやって来たので身を固くしてかわす。怒りは萎み、不安がそれに取って代わった。
「何かお探しでしょうか?」
 本棚の前で逡巡していると、先ほど通り過ぎたはずの女性店員が私に声をかけてきた。あらためて顔を見ると同年代の女性だった。
「あ、いえ、その……」
 探してはいるのだが、それは本ではない。
 親切で声をかけてくれたのに、言うべき言葉を探し当てられないまま数秒。
 思い切って目の前の店員に疑問をぶつける。
「ここは以前『森岡書店』でしたよね?」
「ええ、そうです。よろしければ奥へご案内いたします」
「えっ?」
 驚く私を尻目に女性店員は小首を傾げて微笑むとレジカウンターのほうへ向かった。よくわからないまま、彼女の背中を追いかける。長い髪が揺れる背中は小さい。身長が私より頭ひとつ分低いのだ。小柄で可憐な印象でかわいらしい人だ、と思った。
「店長、お客様です」
 レジカウンターの横にある戸口の奥へ、女性店員は体に似合わぬ大きな声を出して言った。
「はいはい」
 奥から柔和そうな男性の声がした。
 女性店員は私のほうへ向き直ると一礼し、売り場へと戻っていく。
 取り残された私はドキドキしながら戸口の奥に注目する。
「お待たせしました」
 と言いながらスチール棚の向こうから白髪交じりの初老の男性が出てきた。
「あの……」
「あなたは……!」
 私がもごもごと口を開くのと、店長が驚きに目を見開くのはほぼ同時だった。
 店長の驚きの意味がわからず絶句していると、彼は急に目を細めて戸口の奥へ手招きした。
「よく来てくれました。いやぁ、びっくりしました。こんなことってあるんだなぁ」
 最後のほうは完全に店長のひとりごとだ。私はどうしていいのかわからないまま、彼について店のバックヤードに進入する。新刊が積んである大きなかご付の台車の間を通りすぎ、事務室を横目に、一際立派なドアを店長がなんのためらいもなく開けた。
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