どうしてほしいの、この僕に
 なんだか昨日も似たようなやり取りをした気がすると思いながら、控室を出ていく西永さんを見送った。

「もしドラマの仕事が決まったら、契約社員なんかやっていられなくなるわね」
 姉が帰りのタクシー内で明るい声を出した。
 まだ決まったわけでもないのに姉が浮かれるのも無理はない。だってドラマの仕事なんて、私たちにとってはこれ以上ない朗報だ。
 しかし私のほうは手放しで喜べるような心境ではない。
 隣で姉のケータイが2度鳴る。メールを受信したらしい。
「高木くんから。今、病院に寄っても大丈夫だって」
 姉は私の返事を聞く前に、身を乗り出して運転手に行先変更を伝える。
「えー、今から?」
 一応不満の声をあげてみる。心の準備ができていないまま優輝に会うのは不安だ。できれば何度か会話のシミュレーションして、どのような返答をされても対処できるよう考えておきたい。
 が、そんな私の胸中は見透かされているらしく、腕組みをした姉は小さくため息をついた。
「『善は急げ』よ」
「『急がば回れ』ということわざもあるよ」
「未莉が相手役なら彼も考え直すと思うわ」
「それは……どうかな?」
 正直、そこは自信がない。
 優輝が私に対して少なからず好意を持っているとしても、情に流されて仕事を引き受けるような人ではないと思うのだが。
「未莉、こんなめったにないチャンスを逃しちゃだめよ!」
 姉は私の腕をつかんで揺すった。その手にこもる力加減から姉の熱意が痛いほど伝わってくる。
「わかってる」
「誰かに頼ることは決して悪いことじゃないわ。だいたいなんでもかんでも、ひとりでやろうとしても無理なんだから。みんな、いつもどこかで誰かに助けられて生きているのよ」
 私は姉の瞳をじっと見つめた。姉の言葉とはにわかに信じられない。自立という言葉を人の形に切り取ったものが姉の生きざまと言っても過言ではないくらいなのだ。
 ——いつどんな場所でも自分ひとりで道を切り拓いてきたのではなかったの?
 目の前の形のよい唇が更に言葉を紡ぐ。
「だから頼れる男性のひとりやふたりは常にキープしておくべきよ」
 ——お、お姉ちゃん!
 ですよね。さすがです。そのための努力は惜しまない、というわけですね。
 私にもそういう才能があれば、苦労せずに済んだのだろうか。ま、結局他の苦労が増えるだけかもしれないけど。
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