どうしてほしいの、この僕に
「これ、スペシャルドラマの企画書?」
「そう。足が不自由な主人公の相手役は、過去の事件で心に傷を負い、それ以来無愛想にふるまう女性だ」
「……えっ」
 私は思わず大声で聞き返した。
 優輝がシニカルな笑みを浮かべて腕を組む。
「よくある設定だろ」
 ——いや、そうか?
 何かが引っかかった。
「それでも無理に明るくふるまうけなげな女性というのが、割とよくある設定では?」
「さすが未莉。俺も同感」
 おー正解だった。褒められて嬉しくなる単純な私。
「でも無愛想な役なら私にピッタリかも」
 なんて浮かれた途端、優輝が冷たい目をして小さくため息をつく。
「だから、おかしいと思わないか?」
「どういうこと?」
「この役は辞退したほうがいい」
「なによ、それ。勝手なこと言わないでよ」
 あまりにも一方的な命令に、私は語気を荒げた。
「未莉はバカだ」
 優輝も引く気はないらしい。冷静であるがゆえに、彼の短い言葉には侮蔑の色が濃く感じられた。
 なによ、そっちだって、さっきまで私に変なことしていたくせに。急に落ち着き払っちゃって、ホント私だけバカみたい。恋愛経験の少ない私をもてあそぶのがそんなに楽しい?
 無性に腹が立つ。
「優輝にはわからないでしょうけど、私にはこんなチャンスもう二度とないかもしれないのよ!」
「罠だと知っていても?」
 ——罠……!?
 私は目を見開いたまま固まった。
 松葉杖を手に取ると優輝は難なくソファから立ち上がり、リビングルームを出ていこうとした。
「これって罠なの?」
 慌てて彼の背中に疑問をぶつけた。
 振り返った優輝が「さぁ?」と首を傾げる。
「そうじゃなくても俺と一緒に仕事をするなら、外では完璧に他人のふりをしてもらわないと困る」
「あ……」
 そっか。優輝は私と同居していることがバレると困るんだ。
「ですよね。困りますよね」
 妙に自虐的な気分が私を支配する。「完璧に他人のふり」——か。
 優輝は「寝る」と短くつぶやくと寝室へ消えた。

 広いベッドに先客がいる。この光景は久しぶりだ、と感慨深く思う。
 仰向けで眠っている優輝の顔は少し幼く見えた。暗がりだからなおさらかもしれないけど。
 ——きれいな顔。
 目を閉じている間はずっと見つめていても大丈夫。誰にも咎められることはない。
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