どうしてほしいの、この僕に
「気がつくのが遅いんだよ」
 怒ったような声で優輝が私の頭をぐりぐりと押した。
「痛いってば」
 ようやく拘束が解かれたので首を上げて優輝の顔を睨んだ。
 ——過去のことを教えてくれなかったのはそっちじゃないか!
 しかし彼は涼しい目で私を眺めている。
「オーディションの日も、いつ俺に気がつくのかとずっと期待していたのに、気がつくどころか最後はぶちキレて出ていくし」
「仕方ないでしょ。ものすごく緊張していたし、笑顔なんか私には無理だし、そもそも守岡優輝はテレビの中の人だと思い込んでいたんだから!」
「へぇ。じゃあ、あれは俺に見とれていたのか」
 勝ち誇ったように優輝が顎を上げる。
 否定したいけど、悔しいことに彼の言うとおりなのだ。確かに私は優輝ばかりを目で追っていた。
「仕方ないでしょ。……カッコよすぎるんだもの」
 言っているうちに恥ずかしくなってきて、また優輝の胸の上に着地する。
「それに眼鏡かけていないし」
 優輝は返事の代わりにクスッと笑い、私の頭を撫でた。
 ずっと私のことを知っていたのに、どうしてそのことを黙っていたのだろう。私が覚えていなかったら、昔のことはなかったことにするつもりだったの?
 変な人……。
 でも逆の立場だったら、私もやっぱり言えないかもしれない。相手も覚えているとは限らないし、冷たくされたら悲しいし。
 それにしても——
「医学部にいた人がどうして俳優になっちゃったの?」
「そんなことまで聞いたのか。でもそんなこと、気にしてどうする?」
「だって姉にそそのかされて俳優になったのなら、なんだか申し訳ない、と思って」
 優輝は指に私の髪をくるくると絡め、フッと笑った。
「俺に興味あるんだな」
「い、いや……その」
「キスしてよ」
「えっ!?」
 な、な、なんで?
 首だけ起こして優輝の顔を見る。
「俺、起き上がるの大変なんだけど」
 いや、それはわかりますよ。確かにあなたの上に乗っかっている私が、少し移動してキスすれば——キスすれば——キス!!
 一応腕を突っ張って上半身を起こしてみる。
「あの、でもなんで突然?」
「俺のこと、好きだろ?」
 い、いや、えっ、でも——だからってキス!?
 好きだとキスしないといけないのだろうか。いやそんなはずはない。
 それに私、もう少し聞きたいことがあるんだけど!
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