どうしてほしいの、この僕に
「身体の関係から始めてもよかったのに、そうしなかったのは守岡くんが紳士であろうと努力したからだと思うけど。未莉のためでなければ、そこまではできないよ」
「うん……」
 これにはさすがの私も素直に頷かざるをえなかった。
 ——だとしたら、私はどうすればいいんだ。
 すがるような目で柚鈴を見ると、彼女は困ったような顔で笑った。
「恥ずかしいかもしれないけど、先へ進みたいなら、未莉が守岡くんの紳士面を引っ剥がすしかないね」
「引っ剥がす……」
「すると彼がケダモノに豹変!」
「ちょっ、それは困る」
 思わず腰を浮かせた私を見て、柚鈴は「ひゃーははは!」と笑い転げる。
 ——って「俺」の優輝が素の状態じゃなかったの? あれもまだ仮面をかぶっていた、と!?
 ヤツは根っからの役者なのか。そんな相手の紳士面を引っ剥がすとなるとこっちもそれなりの覚悟が必要ということになる。
 そんなこと、私にできるのだろうか。
 でもほんの少しだけ気になってしまう。
 彼の仮面の下には何が隠されているのか——。

 しかし、やましいことを考えていられたのはこのときだけで、帰宅すると優輝との台本の読み合わせプライベートレッスンが待っていた。頭の中にたちまちスペシャルドラマの物語の世界が広がる。
 優輝は何度も同じ場面を繰り返し、セリフの抑揚やテンポを微妙に変化させながら、少しずつ彼本人とは別の誰かを作り出していく。
 それを目の当たりにした私は、内心の焦りを必死に隠して彼のセリフに応じた。だが私が少しでも役を作ろうとすると、取ってつけたような青臭いセリフ回しになってしまい、それが彼の足を引っ張ってしまう。
「すみません」
 自分の不器用さを呪いながら、心の底からあやまった。
 優輝はフッと笑い、両腕を上げて伸びをした。
「未莉は本番に強いタイプだからな」
「そうかな?」
「度胸あるだろ。緊張していても思い切りやれるって、ひとつの才能だよ」
 オーディションの失態が脳裏によみがえる。褒められているのか、けなされているのかよくわからないけど、確かに私は思い切りがいいほうかもしれない。
 意外にもプラスに評価されていたとわかってうれしい。
「でもこうして練習するのは、すごく勉強になるからありがたいです」
 素直に感謝の言葉を口にすると、優輝はまんざらでもない顔で台本に目を戻した。
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